映画版『八日目の蝉』本当の幸せへの答えとは(ネタバレなし感想+ネタバレレビュー)

映画版『八日目の蝉』本当の幸せへの答えとは(ネタバレなし感想+ネタバレレビュー)

今日の映画感想は八日目の蝉です。

個人的お気に入り度:8/10

一言感想:誘拐犯と母親と娘、みんなに感情移入させる珠玉の人間ドラマ

あらすじ

秋山恵津子(森口瑤子)の子どもの恵理菜は、野々宮希和子(永作博美)という女に誘拐された。
4歳の時に母親の元に戻ってきたが、恵津子の憎しみは癒えることなく、和子も裁判で謝罪の言葉を言わなかった。
時を経て、大学生となった秋山恵理菜(井上真央)は、自称フリーライターの千草 (小池栄子)に取材をさせてほしいと迫られる。

原作は大ベストセラーであり、NHKでドラマ化もされた有名作品です。
期待にたがわぬ重圧さでした。

役者の方々の演技が何より素晴らしいです。特に永作博美さんは本当にすごい!
個人的にはあまりなじみのなかった女優さんだったのですが(すみません)、この映画で大好きになりました。

生まれて間もない子どもが連れ去られる、というプロットは『塔の上のラプンツェル」と一緒ですね。
そちらはファンタジー作品なだけに、始終楽しい作品でしたが、こっちはとても暗く、重いです。

誘拐した母親はそれはもう悪い女です。
4年間も本当の母親から子どもを連れ去り、その後の関係もめちゃめちゃにしたのですから。
母親が誘拐犯を責める画は、見ていて非常につらいですが、それも当然だと思います。
映画のはじめの裁判シーンでは、特にその気持ちに同調します。

しかし、映画を見終わってみると、責める気持ちとはまったく違う感情が芽生えてくるのではないでしょうか。
最近では『ザ・タウン』でもそうでしたが、自分はこういった罪を犯した人間が主人公の話に弱いです。

罪を犯した人間は、そうでない人間にはわからない業を背負っています。
罪を犯した理由はほんのちょっとの運命の歯車のズレ。
その選択をした、そうせざるを得なかった誘拐犯に、自分はたっぷり感情移入してしまいました。
そして、運命に対する「答え」はとても感動的なものでした。

ただ上映時間が2時間半と長めで、後半はちょっと冗長かもしれません(その描写も必要なものであるとは思います)。
中盤のとある展開が、ちょっとシュールに感じてしまいました(原作にもあったシーンです)。

ちなみに、原作は映画版とは構成が異なるようです。

映画版は時間軸が前後するので、慣れていない人はちょっと大変かも。
でも、自分は映画版の構成が気に入っています。

↓以下ネタバレです、結末にふれまくっているのでご注意ください

野暮な不満点

千草は、小池栄子の普段のキャラ的に男性恐怖症にはちょっと見えないですね(笑)。
初登場時のうさんくささはいい味を出していましたし、終盤の表情の変化は見事でした。

劇団ひとりさんも大好きなんですが、今回の役どころはちょっと・・・だったかなあ、と。
もう少し生真面目さが感じられる方だと(←超失礼)よかったかも。
彼が出てきた瞬間に(出演者を知らなかったので)笑ってしまった。
そういえば「嫌われ松子の一生」でも似た役を演じていましたね。

また、「エンジェルホーム」の描写も、映画から浮いていたようにも思えました。
関西弁でしゃべる教祖の「エンゼル」なんか、半分ギャグのように・・。
「ここでは男も女もない、魂で生きる」という教えや、“沢田久美”が自分の過去を語る場面、千草が“マロン”という名前で一緒に暮らしていたことがわかるのはよかったですのですけどね。

映画の構成

この映画で特によかったのは、映画の冒頭シーンで、本当の夫妻に感謝の意を述べるも、まったく謝らなかった誘拐犯の姿を見せたことでした。
ここで「お詫びの言葉もありません」とまで言います。
無表情さが本当に恐ろしく、なんて身勝手な人間なんだ、と思えます。

※以下の意見をいただきました。
「お詫びの言葉もありません」とは謝罪していないのではなく、
むしろ深く罪の意識を感じていることを表しております。
<こちら>をご参照ください。

しかし終盤、誘拐犯と“カオル”との香川県の小豆島の暮らしを映画は入念に描くのです。
ここで冒頭のこのシーンに思っていたこととはまったく違う、誘拐犯に同情してしまうような気持ちになるのです。

映画は時間軸が前後しまくっている構成ですが、このために必要なものだったと思えます。
この映画を時間軸通りに描くと、冒頭の本当の母親の気持ちに同調しにくくなってしまうでしょう。
どちらの気持ちもわかれるように、この映画は作られているのです。

よかったシーンなど

娘のバイト先にお金をあげにきた父親のシーンが大好きです。
「父親ぶらなくてもいいよ、似合っていない」と娘に言われた後の「間」はとても印象的でした。
恵理菜は、自分の存在が母親に事件を思い起こさせる原因だったことを千草に言いますが、千草は「あなたは何も悪くないじゃない」と答えてくれます。

しかし後半、恵理菜はそんな千草を責めてしまいます。
いままで弱さを見せなかったこともあり、とてもいとおしく思えました。

恵理菜は、親の気持ちにもしっかり対応していましたし、本来は人を責めるような人間ではないでしょう。
それは自分に子どもができたことにおいても、例外ではありません。
劇団ひとりが演じる不倫相手の岸田にも、二度と会わないと言うだけでした。
本当の母親には子どもを産むことを強く主張はしましたが、その後に「ごめんなさい」と謝っているのです。

恵理菜は、岸田の「好きなところ」を「嘘をついているのにバレバレなところ」と言います。
岸田のことを愛しているかもわからないと言っていた彼女のことです。恵理菜は、岸田が自分を不倫相手としか思っておらず、結婚する気はないのだとわかっていたかもしれません。

恵理菜は「『友達に』子どもができた」と“くすぐり”を入れ、「うちのガキが大きくなったら、ちゃんとするさ!」と岸田が返したとき、「お父さんみたいなこと言っている」と言っていました。
この岸田の対応は、恵理菜の父が、不倫相手の希和子に言ったことと同じなのです。

恵理菜は結局、岸田に妊娠したことを告げませんでした。
これは彼女が責任感の強い女性だったこともあるのでしょうが、「生まれてくる子どもが同じ運命をたどってしまうのではないか」という恐れのようにも感じました。

“カオル”は「悪い人のうちから逃げてきた」と言い、元いた家の前を走り、交番に引き取られています(これはタイトル前のシーンで、希和子がカオルを連れ去ったときの構図と同じです)。
しかし終盤のシーンでは、船の目の前ですでに警察に確保されていました。

※コメントで指摘していただきましたが、ここで言う「悪い人」というのは、実の両親であると思います。コメントを引用させていただきます。
この描写に関してですが「悪い人」というのは実の両親のことではないでしょうか?
母だと思っていた人から引き離されて全然知らない人の家(実の両親の家)に住まわされていたわけですから。
その逃げる場面では確か坂道を下って走ってましたが大人になって実家に戻るシーン(包丁をむけられるところ)でもその坂道を通って実家のシーンだったと思います。

船の目の前で確保したときの「その子はまだご飯を食べていません!」という希和子の姿は、これ以上のない母性を感じました。
その直前の「動物園に行こう」と言ったあとの『嘘』や、「私、もう追いつけないよ・・・」も切ないです。

ラスト

恵理菜が走り出し、言ったことばは「誰も憎みたくなかった!」でした。
お父さんも、お母さんも、そして、『あなた(希和子)』も・・・
本当の母親は4年間自分の娘を育てられなくて、
そのことが悲しくて、
娘が歌ってほしかった“おほしさまのうた(見上げてごらん夜の星を)”がわからなくて、
誘拐犯を憎み続け、
その後も娘とも仲違いになってしまった。

誘拐犯だった希和子は、不倫相手に子どもをおろすことを強要され、
子どもを一生埋めない体になって、
本当の母親に「あなたはがらんどう」なのよと言われました(そのことばがなければ、彼女は誘拐をしなかったかもしれません)。

小豆島で暮らした生活は、とてもかけがえのなく、幸せなものとして描かれていました。
しかし、希和子が「一日でも長くカオルと一緒にいれますように」とお祈りしたように、その先には“終わり”があります。
希和子が先生、カオルが生徒となり“小学校の授業”のふりをするのは、見れないかもしれないその姿を、今だけでも見たかったからでしょう。
「ママと結婚すれば一緒にいれる」
草原でくすぐりあいをするふたり。
「いろんなきれいなものを一緒に見よう」
この関係を崩してほしくないと、その後のことを知っているからこそ、思ってしまいます。

そして希和子は写真室で“カオル”の手を握り、ママは何もいらない、全部持って行ってと言う・・・
恵理菜は愛情をこめて、生まれてくる子どもを育てることを決めます。
希和子が自分にそうしてくれたように・・・

「なんでだろ、私、顔も見ていないのに、この子のことすでに好きだ」
と笑いながら言う恵理菜の顔で映画は幕を閉じます。

結局、希和子には再会しませんでした。
出所した後の彼女は写真屋に訪れたことがわかるのみで、それ以降の足取りもわかりません。

でもこの映画はそれでよかったのだと。
“その後”を描かないからでこそ、素晴らしかった時間がより映え、よいものだったと思えるのです。
その後の恵理菜と千草の生活に、いろいろな想像が膨らみます。
心地よい余韻を残す、素晴らしいラストシーンでした。

タイトルの意味とは

千草は「八日目の蝉は、七日目の蝉が見られなかった、綺麗なものを見られるかもしれない」と言っていました。
いろいろな解釈があるとは思いますが、「八日目の蝉」とは希和子のことだと思います。

他人のこどもを連れ出し、一緒の時間をすごした時こそが「八日目」だったのでしょう。
彼女のやったことは勝手かつ許されない犯罪ですが、それでも希和子が幸せな時間をすごせたことを見れてよかったです。

女性目線としての物語

この映画はとことん女性目線で描かれた内容です。
出てくる男は本当に勝手!
恵理菜の父&岸田は不倫をしている(避妊していないし)し、エンジェルホームにいた久美の夫は我が子を連れ去っていました。
男性が観たらいい教訓になるんじゃないかな。
女性が幸せになれるかは、男のそーいうところ次第だよ、とフェミニストっぽく思ってしまいます。

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  1. David より:

    漫画みたいなテーマですが、思った以上に大きな映画で、男性目線からも素晴らしい映画でした。

  2. ヒナタカ より:

    こんばんは。
    たしかにリアリティがあるドラマ!というよりも漫画的なテーマ&展開ではありましたね。
    始終緊張感が保たれた素晴らしい映画だったと思います。

  3. SAKURA より:

    後半が、ご当地紹介観光映画になって、ダレマシタ。
    モット、スピードを上げて、上映を時間短縮しないと。
    アノ写真屋さんの怪奇さは、不必要だと思うのですが?

  4. ヒナタカ より:

    終盤の小豆島の描写は必要なものだとは思うのですが、それまでの展開の多さもありちょっとダレますね・・・。
    うどん屋で働く希和子の描写も気に入っています。
    写真屋は自分はいい味出していたと思います。

  5. 匿名 より:

    「カオル」は「悪い人から逃げてきた」と言い、元いた家の前を走り、交番に引き取られています。
    しかし終盤、船の目の前ですでに警察に確保されていました。
    つまり、ここで言う「悪い人」は警察のことだったのでしょう。誘拐犯からではなく、警察から逃げていたのです。
    この描写に関してですが「悪い人」というのは警察ではなくて実の両親のことではないでしょうか?
    母だと思っていた人から引き離されて全然知らない人の家(実の両親の家)に住まわされていたわけですから。
    その逃げる場面では確か坂道を下って走ってましたが大人になって実家に戻るシーン(包丁をむけられるところ)でもその坂道を通って実家のシーンだったと思います。

  6. ヒナタカ より:

    コメントありがとうございます!
    > この描写に関してですが「悪い人」というのは警察ではなくて実の両親のことではないでしょうか?
    > 母だと思っていた人から引き離されて全然知らない人の家(実の両親の家)に住まわされていたわけですから。
    > その逃げる場面では確か坂道を下って走ってましたが大人になって実家に戻るシーン(包丁をむけられるところ)でもその坂道を通って実家のシーンだったと思います。
    その通りですね!大変失礼いたしました。
    修正しておきます。
    交番の中で、実の両親の前で、その「悪い人」の前で「悪い人から逃げてきた」と言ったのですね・・・そう考えると切ないです。

  7. きみまゆ より:

    めちゃくちゃつまらない糞映画でしたね。単純につまらないから早送りしたり、携帯いじってたりしてたから、全然わからなかった
    えっと小池栄子と一緒にいた女はなんなの
    誘拐された子供の大人バージョンってことか
    この映画面白いっていってるやつ、誘拐するなよ

  8. りんご。 より:

    私は終始、加害者が最低だったなとしか思えなかったです。
    確かに不倫をしていた男も悪いけど、不倫って男女揃わなきゃ出来ないわけで。
    避妊だって、避妊してくれと言えたわけで。それもせず、不倫をし、そして避妊無しのまま受け入れ続けて被害者意識で犯罪者へ!って頭が悪いとしか…
    これに理解を示せる人って、なんでも他人のせいにする人なんだろうなー。
    一番の被害者は男女の不貞によって傷ついた奥さんの立場でしょ?
    可愛い我が子誘拐される理由ってなんなんだろ。
    奥さんの発言がキッカケと思ってらっしゃるのかもしれないけど、私は言われてもおかしくないと思うなー。
    妊娠中に不貞されて、相手も妊娠って凄まじいショックだと思うよ。
    美談にするには汚い話でしかないと思います。
    こういうのを見て加害者の理解出来る人に驚きます。

  9. はちわれ より:

    素敵な映画の解説およびネタバレを楽しく読ませていただいております。
    映画を借りる際の参考にしております。
    解説の冒頭で
    「・・・、まったく謝らなかった誘拐犯の姿を見せたこと
    です。
    ここで「お詫びの言葉もありません」とまで言います。」
    と書かれています。
    「お詫びの言葉もありません」とは謝罪していないのではなく、
    むしろ深く罪の意識を感じていることを表しております。
    こちらをご参照ください。
    http://oshiete.goo.ne.jp/qa/1554359.html

  10. ヒナタカ より:

    > 素敵な映画の解説およびネタバレを楽しく読ませていただいております。
    > 映画を借りる際の参考にしております。
    >
    >
    > 解説の冒頭で
    > 「・・・、まったく謝らなかった誘拐犯の姿を見せたこと
    > です。
    > ここで「お詫びの言葉もありません」とまで言います。」
    > と書かれています。
    >
    > 「お詫びの言葉もありません」とは謝罪していないのではなく、
    > むしろ深く罪の意識を感じていることを表しております。
    >
    > こちらをご参照ください。
    > http://oshiete.goo.ne.jp/qa/1554359.html
    ありがとうございます!
    修正させてください。知らなかった日本語表現ってたくさんあるなあと……恥ずかしくなりましたが、教えてくださって本当に感謝です。

  11. 匿名 より:

    きわこが幸せだったことではいかなもおもってます。
    八日目の蝉もきわこではないもおもう。
    違う世界を見せてあげることのできるひとのこと。
    大人の身勝手に翻弄されても強く生きていく誘拐された子のこと。
    親の人生が子供にどれだけの影響があるのか考えさせられた。
    男性恐怖症になったのも親の教育がそうさせてしまったひとつの原因だと思うし。
    不倫したこともあるし、今は幸せな家庭で子供にもめぐまれたので、なんかほんとに子供大切にしようとおもった。

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ヒナタカ

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