
『葛城事件』家族という地獄にようこそ(映画ネタバレなし感想+ネタバレレビュー)
今日の映画感想は『葛城(かつらぎ)事件』です。
個人的お気に入り度:9/10
一言感想:家族の中でブーメランを投げまくる映画
あらすじ
父親から受け継いだ小さな金物屋に務める葛城清(三浦友和)は、妻の伸子(南果歩)とともに長男・保(新井浩文)と次男・稔(若葉竜也)を育て上げた。
ところが、稔が8人のも人間を殺傷する無差別殺人事件を起こし、死刑囚になってしまう。
やがて、稔と獄中結婚したという女・星野(田中麗奈)が現れるのだが……。
観ろ。(←今年5回目)
もうね、「後味の悪い映画を観たい」「胸糞の悪くなる話を知りたい」という後ろ向きな希望がございましたら、本作『葛城事件』はそれをこのうえなく叶えてくれる作品であることを保証します。
何せ、起こるのは1ミリも擁護することなんてできない、凄惨な通り魔(無差別殺人)事件です。
映画はなぜその事件が起こったのかを、家族の会話劇によりじっくりねっとりと解き明かしていきます。
何がすごいって、誰かがしゃべったセリフや行動のほぼすべてが、家族の誰かにブーメランとして戻って来ることです。
※ネットにおけるブーメンランの例→舛添要一の特大ブーメラン発言集
何気なく家族が発した言葉が、「あれ、こいつも同じことを言っていたじゃん」と回収されまくるのです。
これは、家族を持つ方であれば誰でも経験することですよね。
同じ血が流れているのですから、趣味嗜好が似通っていたり、行動パターンが同じだったり。
その似ているところがあるからこそ、家族は愛おしく、大切なものになるはずです。
だけど、『葛城事件』はそのブーメランにより、どんどん家族が地獄にハマっていくのです。
これは家族による「悪循環」です。
ふつうは家族が似通っていることはよい環境をもたらすはずなのに、その歯車が狂えば絶望の淵まで行ってしまうという……。
なお、本作で登場する家族たちは、
父親は生粋のク◯親父、
母は夫の言いなりのダメ妻、
次男は引きこもりのニートとダメダメ。
しかし、唯一長男(とその妻)は、会社員として働くまともな青年に思えます。
ところが、そのまともに見えた長男でさえも。ダメ家族が持っていた嫌な部分をほんの少しだけ出すシーンがあるんです。
これは「もうやめてくれ」と思えるほどの地獄でした。
恐ろしいのは、本作で描かれた「家族という地獄」という問題が決して他人事とは思えないこと。
ずーっと家族で暮らしていると、親やきょうだいの「嫌な部分」も知ってしまうものですが……そう思う本人だって、その嫌な部分を持つ家族と共通のDNAを持っているのです。
いわば家族に感じる嫌な部分というのは「同族嫌悪」でもあり、世界中のどこにでもありふれているものなのです。
本作のように、その「嫌な部分」がブーメランされまくって、悪循環に陥いってしまうと……この家族という地獄に陥る可能性がないとは、誰にも言い切れないでしょう。
忘れてはならないのが、俳優陣の熱演です。
全員がクズ人間にハマりすぎていて怖いのですが、とくに父親役の三浦友和はキッツい(褒めています)。
作中では三浦友和が、殺人事件を起こした息子の父親ということで世間から蔑まれているのだけど、微塵も同情できないのがすげえ(それくらい性格が悪い)。
その「俺様」な一挙一動は、とても演技に思えません(←大変失礼な発言)。
『ディストラクション・ベイビーズ』の柳楽優弥、『ヒメアノ~ル』の森田剛、『クリーピー 偽りの隣人』の香川照之と、今年の日本映画はこの手のヤバい男の演技がフィーバーしすぎです。
赤堀雅秋監督・脚本の前作『その夜の侍』はひき逃げ事件をめぐる人間ドラマとして、高く評価されていました(否定的な意見も多いのですが)。
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自分は未見でしたが、『葛城事件』の計算されつくした会話劇を知ると……こちらもすさまじい作品であると確信できます。
なお、本作は附属池田小事件、土浦連続殺傷事件、秋葉原通り魔事件、「黒子のバスケ」脅迫事件など、複数の事件を参考(モデル)にしています。
その犯人像のリサーチのおかげもあり、殺人鬼となる次男の発言は例えようもないほどの嫌悪感に満ち満ちているものの、どこか現実に存在してもおかしくないようなリアリティもありました。
つい先日にも、「死刑にしてほしい」という身勝手すぎる理由により、北海道・釧路のイオンモールで通り魔事件が起きました。
とても悲しいことですが、こうした事件は現実にあるもの。
突然起こる通り魔事件は、その現場にいる誰かが事前に阻止することは不可能です。
しかし、その「原因」を無くすことは可能です。
『葛城事件』は訴えているものは、その人間が通り魔(化け物)になる原因がなくなれば、こうした事件も起きなかったのではないかという希望(願望)なのではないでしょうか。
作中では次男が通り魔になった過程がじっくりと丁寧に描かれているぶん、「こうであればそうならなかったのに」という後悔がまざまざと描かれているのですから。
欠点をあげるのであれば、時系列を入れ替えた構成に少し戸惑ってしまうことでしょうか。
観終わってみるとこの構成にも確かに意味があると思うのですが、敷居の高さは否めません。
映画は、通り魔事件を起こした次男が死刑判決を受け、そこに死刑囚である次男と獄中結婚したいと願う女が来たところから始まります。
そこから、なぜこうなったかという過去の描写が始まるのですが、そこの場面展開が唐突で、時間が巻き戻ったと認識しにくいのです(家の中の様子で一目瞭然ではあるのですが)。
獄中結婚する女(田中麗奈)が出てくるシーンが「現在」
それ以外のシーンが「過去」
と認識するとわかりやすいでしょう。
これは、『ダンサー・イン・ザ・ダーク』『冷たい熱帯魚』『凶悪』系の、「観た後にマジでゲンナリする案件」です。
「こんな暗くてキツい物語を、なんでわざわざ観るの?」と思う方もいるかもしれませんが、むしろこういう映画こそ、逆説的に幸せを教えてくれると思います。
多くの人にとって、いまの自分の家族が、いかに奇跡的な関係性を保っているかを思い知らされるでしょうから。
(こういうと悪趣味ですが)会話劇によるエンターテインメントとしても抜群におもしろい作品です。
じつは寝不足のまま本作を観たのですが、つぎつぎに襲い来る会話のブーメンランっぷりに眠気なんて吹っ飛びました。
出演者の狂気に満ちた表情と行動も相まって、スクリーンに目が釘付けになるでしょう。
この「家族の関係性が、会話の中にありありとあらわれる」というのは、何かに似ているなあと思ったら、是枝裕和監督の作品にそっくりでした。
『歩いても歩いても』『そして父になる』『海よりもまだ深く』『海街diary』はそれぞれ愛おしい家族の関係を描いていましたが、それが全部ダークサイドに染まると『葛城事件』になるんですね(←暴論)。
PG12指定だけあり、通り魔のシーンが直接的に描かれているうえ、性的な話題もあるのでご注意を。
多少の好き嫌いはあるでしょうが、それでも、2016年を代表する邦画の傑作として、超大プッシュでオススメいたします。
以下、結末も含めてネタバレです 鑑賞後にご覧ください↓ 超ネタバレなので未見の方は読まないで!
(C)2016「葛城事件」製作委員会

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いつも愛読しております。今回のレビューは珠玉でした。なぜあれほどいやな気分になったのか、それでも面白かったのはなぜか。大変参考になりました。
でも最近「必観!」が多くて困ります。「裸足の季節」どうやって観よう…。
今年の邦画は全体で見てもかなりの大豊作と言っていいくらい充実していますが
その中でも個人的には最大級のスマッシュヒットが来ました。
エグい、キツい、見たくない…でも凄い映画、一言で言うならそんな映画ですね。
まずこの手の「犯罪者家族の~」みたいな映像作品に有りがちな
過剰な盛り要素が一切無く、犯罪に手を染める過程はしっかり描かれていても
あくまでも冷たく突き放して、淡々と描かれていたのにゾクッと来ました。
三浦友和氏演じる『普遍的な』亭主関白親父こと葛城清も
彼がピーキーで異常だからこうなったと言うよりはむしろ、小さくて卑近なプライドと威厳を必死に保とうとしてる
何処にでもいそうなタイプの人間だからこそ過去シーンで彼が暴れる様が、恐ろしいと同時に滑稽でかつもの悲しい…中華料理屋で些細なクレームで回りをドン引きさせたり、中盤での戦慄のアパートシーンでの傍若無人ぶりも
どこか哀愁と言うか「何で俺の事分かんねえんだよ!!」と言う
悲愴感に満ちていて、笑っていいのかどうか迷うとこもありました。
そんな彼らに振り回される家族達も凄まじかったです。家事と清への気遣いに疲れ果て心を壊し
手料理すら作る事が出来ずコンビニ弁当を機械的に口に運ぶ妻の伸子
清に認められたい一心で努力し、それなりに頑張ったけど社会に切り捨てられた長男の保
出来る兄と比べられ父に反発してニートになり、叶いもしない夢を語って
最後は絶対に許されない凶行に及んでしまう次男の稔…
何処をどうすればこうならなかったのかと言う安易な答えはなく
世の家族は下手を打てば誰でもこうなってしまうんだと言う過程を見せ付けられ
普通に親に育ててもらった自分が如何に恵まれていたのかを改めて痛感しました。
万人が良いと感じるかは分かりませんし、精神ガリガリ削られる映画なんで見る人は選ぶと思います。
ですが世の中の家族に対する警告、そして『普通』と言う言葉の有り難みを感じる上でも
本作は絶対に見るべき映画だと思いました。赤堀監督凄い、大傑作です。
日頃楽しく読ませて頂いております。
細かい描写を丁寧に解説して下さって有難いです。
劇中では描かれませんでしたが、個人的に父親の祖父母が気になりました。
過去のホームパーティの会話で、父親が「跡継ぎはいない。自分が最後だ」と言っていて、もしかしたらこの父親自身、親の事があまり好きではなかったのでは?と感じました。
だからこそ、ここまで「自分の理想とする家族」に執着したのではないかと思い、更にやりきれなくなりました。
私としても素晴らしい傑作でした。
[…] 8位 葛城事件 […]