アニメ『ハーモニー』近年まれにみる鬱映画だった(ネタバレなし感想+ネタバレレビュー)

アニメ『ハーモニー』近年まれにみる鬱映画だった(ネタバレなし感想+ネタバレレビュー)

今日の映画感想はハーモニー <harmony/>(2015)です。

※さコメント欄に、興味深い長文のご意見をたくさんいただいているので、そちらもお読みください(原作を含めてネタバレあり注意)。

個人的お気に入り度:8/10

一言感想:精神力のあるオトナが観ますように・・・

あらすじ

“大災禍”という地球規模の混乱からようやく抜け出た世界は、超高度医療社会に成長し、人が病気で死ぬことはなくなっていた。
WHO螺旋監察事務局に所属する女性・トアンは、13年前に親友のミァハとキアンとともに自殺を図ろうとしていたことを振り返る。

34歳でこの世を去ったSF作家・伊藤計劃原作のアニメ映画です。

伊藤計劃
778円
powered by yasuikamo

本作は、先月10月に公開された『屍者の帝国』から続く、「Project Itoh」という劇場アニメ作品プロジェクトのひとつです。
『屍者の帝国』の原作小説はそのほとんどを朋友の円城塔が執筆した作品であったので、「純粋な伊藤計劃原作のアニメ」は本作が初となります。

「Project Itoh」の各作品はそれぞれ独立した物語です(世界観は『虐殺器官』の後に『ハーモニー』へとつながっているそうです)
映画『ハーモニー』では2時間の上映時間を余すことなく使って、膨大な設定を十分な時間をかけて解説してくれるので、予備知識がまったくなくても楽しめるでしょう。
「伊藤計劃って誰?」「どんな作品を書いているの?」と思った方にこそオススメできます。

いや、でも、この『ハーモニー』はなかなか気軽には「観に行って」と言えないところがあります。
なぜなら、この作品は『ミリオンダラー・ベイビー』並に人の死にたくなる気持ちを刺激しまくっていたからです。

それどころか、観た後の落ち込み具合といったら、4大鬱映画『ダンサー・イン・ザ・ダーク』『ミスト』『レクイエム・フォー・ドリーム』『リリィ・シュシュのすべて』と大差なかったです。

アニメ映画で言えば、よくも悪くも日本中をどんよりさせまくった『THE END OF EVANGELION 新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』に近いですね。

で、『ハーモニー』がなぜこれらの作品に匹敵するほどに落ち込むのか?・・・はネタバレになるので後で書くとして・・・自殺の場面が超直接的に描かれることだけは伝えておきます。

sub2_large.jpg<だいたいこういうことになります。

アニメであるために、その自殺の場面がそれほど「痛み」を伴うものでもない、ということがまた問題です。
さらに作中ではウェルテル効果(『若きウェルテルの悩み』などに起因する、集団的に自殺をしてしまう効果)についても触れています。
本作はおかげでPG12指定ですが、個人的にはR15+指定でも違和感がありませんでした。

ハーモニー33<「百合」を思わせる性的なシーンも……。

それでも、本作は多くの方(子どもは除く)に観て欲しい作品だと思えました。

その理由のひとつが世界観。
完璧に管理された、病気のなくなった近未来・・・という世界観はいままでのSF作品でも描かれたことでもありますが、本作ではそこにもう少し踏み込んで、世界が捉え方によりユートピアとディストピアとも考えられるような、哲学的な思想がたっぷりと込められています

それを示すように、主人公を含めた3人の少女たちは自殺をしようとします。
この完璧に管理された世界で何が不満だったのか。
どうして死ぬことを決意したのか。
その疑問を解き明かすミステリーとしてもおもしろく、グイグイとラストまで引っ張ってくれます。

最終的にその思想は「幸せとは何か」「生きる目的とは」ということまで及んでくる・・・たったひとつのフィクション作品で、ここまで切り込んでいることに感動しました。

朋友の円城塔は、文庫版『屍者の帝国』のあとがきでこう残しています。

「伊藤計劃ならどう考えるのかではなく、伊藤計劃の書いたものを通じて得たものから、自分ならどう考えることができるのかが問題だ。」

その通り、これは一元論では語ることのできない、観る人によって異なる視点を持つことができる物語です。
登場人物が自殺(未遂)をする内容ですし、「死にたくなる」ほどの鬱映画であることには間違いはないのですが・・・その反面「なぜ生きるのか」のヒントを与えてくれるのかもしれません。

映画としては、難点もあります。

まずは全編がセリフで覆い尽くされていること
本作の上映時間は2時間かっきり、原作の必要な情報をほとんど詰め込んでいるため、8割くらいが登場人物の会話シーンかモノローグだったりするのです。

(絵が動くという)アニメ映画としてのおもしろみを感じにくいことも欠点かもしれません。
アクションシーンは数えるほどしかなく、会話シーンが主体ということもあり画は人物の顔のアップが多め、3DCGでの描写も賛否あることでしょう。

それでも・・・これは、アニメ映画という敷居の低い媒体で、伊藤計劃という作家がどれほどの存在だったかを知れる、絶好のチャンスです。

また、伊藤計劃自身は肺がんによりこの世を去らなければいけなかったのに、遺作となった『ハーモニー』では病気がなくなった世界を否定的に描いています
その夭折の作家が残した、ある種の「業」を感じる物語を、ぜひ観て欲しいのです。

なお、本作は『鉄コン筋クリート』などのマイケル・アリアスと、『寫眞館』などのなかむらたかしの共同監督作品となっています。


自分はこの『ハーモニー』では、マイケル・アリアス監督らしさはあまり感じなかったのですが、反面なかむらたかし監督らしさは存分に感じました。
なぜなら、なかむら監督は、一見子ども向けに思えてグロテクスな描写が満載だったり主人公がストーカー化する問題作『パルムの樹』や、哲学的な思想もたっぷりな冒険物語『ファンタジック・チルドレン』を手掛けていたからです。


このようなエグさや哲学的要素が、『ハーモニー』という作品には絶妙にマッチしていました。

※なかむらたかし監督・原案・脚本の作品のひとつ、8分ほどの短編アニメ『ブブとブブリーナ』がこちらで観られます(グロくはなく、むしろかわいいけど、ちょっと毒も感じる内容)↓
<ブブとブブリーナ – 日本アニメ(ーター)見本市>

※日本アニメ(ーター)日本一とは、こういうのです↓
<「日本アニメ(ーター)見本市」が子どもに観せたくないアニメばかりでおもしろい件>

ちなみに、本作は声優も超豪華。沢城みゆき洲崎綾大塚明夫三木眞一郎チョーなど、声優に明るくない自分でも知っている名前が勢ぞろいしています。

主人公・トァンを演じる沢城さんが、「劇中存在するミァハ(主人公の親友)を心が強烈に警戒するせいで、ちっともトァンの印象が残りません」と言っているのもすごいですね。
ミァハ役の上田麗奈さんの演技はトラウマものと言えるほどの凄まじさなので、声優ファンの方にもオススメです?(疑問系)

EGOISTによる主題歌「Ghost of a smile」も素晴らしかったです。

EGOIST
1404円
powered by yasuikamo

<歌詞はこちら>
歌詞の一人称は「僕」となっていますが、これは主人公のトアンの心情を歌っているのではないでしょうか。

なお、この「Project Itoh」は不幸に見舞われているプロジェクトでもあって・・・本当は『虐殺器官』(時系列的にもこっちが先)が公開されるはずが、製作会社のマングローブが自己破産申請したために公開が延期、前売り券の払い戻しをするという事態になっています。
このままアニメ版『虐殺器官』がお蔵入りになってほしくはありません。
『屍者の帝国』の上映館もまだまだありますし、ぜひこのプロジェクトを応援したいのです。

※『虐殺器官』は新しくスタジオを設立し、2016年完成を目指して制作が再開されたようです↓
<映画「虐殺器官」制作再開、2016年完成を目指す 山本幸治Pが新スタジオ「ジェノスタジオ」設立 | アニメ!アニメ!>

最後に、ひとつだけ豆知識を。
本作はHTMLの基礎を知っていると、もう少しだけ奥深さを感じられます
(基礎といっても、「/◯◯>」が「終わり」であること、その中の英単語の意味だけを知っていればいいかも)

なぜなら、本作には「etml」という架空のマークアップ言語が登場しているからです。
映画ではほとんど説明がありませんでしたが、etmlの「e」は「emotion(感情)」を意味しています。
ぜひ、劇中でほんのすこしだけ現れる、このetmlに注目してみてください。

sub6_large.jpg<たくさんの「タグ」が表示される……

※「ニコニコ大百科」のページもetmlで表されたものになっていました↓
<ハーモニー(小説)とは[単語記事] – ニコニコ大百科>

そのほか、イデオローグ(哲学的根拠・政治的・社会的な観念の提唱者または理論家)という言葉も知っておくとよいでしょう(重要人物のミァハは、イデオローグと作中で呼ばれています)。

セリフの量が膨大なので、じっくりと聴ける、体調のいいときに観るのをオススメします。
くり返しになりますが、本当に落ち込んでしまう物語です。
心を健康にしてから、ご覧ください。

参考↓
<なかむらたかし監督インタビュー“ミァハとトァンの生きた証を感じて欲しい” Project-Itoh「ハーモニー」 | アニメ!アニメ!>

以下は結末を含めてネタバレです。鑑賞後にご覧ください↓

映画では描かれなかったこと

映画の大筋は、原作に忠実な作品となっています。
しかし、登場人物の思想や言葉、「感情」を示す架空のマークアップ言語「etml」は、映画ではかなり省略されています。
映画の後に原作を読むと、より理解が深まるでしょう。

世界観も、原作ではよりディテールが描かれています。
「安全なジャングルジム」は映像でも観てみたかったですね。
「プライベート」がちょっとエッチな意味になっている(管理された世界では、プライベートはほとんどセックス系統を示すことになるから)というのもおもしろかったです。

また、キアンの葬儀のシーン、調子のよい螺旋調査官・ウーヴェというキャラは映画には存在しません
また、衝撃的なラストは映画では十分表現できていると言い難いところがあります。
ぜひ、映画だけでなく、原作を読むことをおすすめします。

なお、キアンの血が、水の入ったワイングラスにポトリと落ちるシーンは映画オリジナル。素晴らしい演出でした。
ミァハが性的な陵辱を受けていたことを中盤に明かさなかったりと、映画版はショックなシーンを大事なときに取っておくようにと工夫されていました。

調和の取れた世界とは

本作で示される「ハーモニープログラム」とは、調和の取れた、人間の意識がない世界を目指すものでした。
意識がないとはどういうことでしょうか。

トァンが調査の途中で出会った研究員・ガブリエルは、時間の経過とともに人間が求める価値が下がる(遠い未来よりも目先の利益を優先する)、ということを提唱します。
グラフにするとこんな感じです。

(1)通常の人間の意識
ハーモニー1

しかし、トァンの父が見つけた民族、そしてハーモニープログラムで作られた人間には意識はありません。
意識がない人間には、単純な目先の利益などを追求せず、合理的な価値を選択するようにようになります。
そのため、グラフは以下のようになるわけです。

(2)意識のない人間
ハーモニー2

終盤で、ミァハの犯行声明に乗せられて、自殺または殺人を犯した人々も(1)に該当します。
彼らは、犯行声明を信じない、いつか暴動はおさまるだろうといった先の先に期待せずに、すぐに実現できる殺人や自殺(価値のあるもの)を選んでしまうのです。

そして、政府はこれ以上自殺や殺人を犯さないために、(2)のような完全に「調和(ハーモニー)」の取れた社会に作り変えることを余儀なくされます。
これこそがミァハの狙いなのです。

しかし・・・意識がなくなった人間は、人間と呼べるでしょうのか
このことは、本作のテーマと密接に絡んでいます。

善の定義

病気がなくなり、管理された世界。
『ハーモニー』で描かれたのは、一見ユートピアに思えますが、トァンはこれを「思いやりと慈しみでじわじわと人を絞め殺す社会」と呼びます。
この言葉だけを聞けば、そんなバカな、と。思いやりと慈しみは、本来尊いものではないのか?と思うかもしれません。

しかし、その社会に住む人は他人を思いやることを「強要」されています。
それどころか、モラルに反するような本は検閲処分され、酒やタバコなどの娯楽物もシャットアウト。
ひいては、自分を傷つけるものがいない、ひいては痛みをまったく知らない社会になっています

トァンは思いやりで溢れる世界を疎ましく思う一方で、砂漠で暮らしていた男に感じた優しさについて、「これまでにわたしが経験してきたどんな押しつけがましい慈愛、思いやりとも違っている」「厳しさに支えられた優しさだ」と考えています。
なぜなら、男たちは戦場にいて、辛いことや、痛みを知っているからです。

ミァハは「善」をこう定義していました。
善とは「ある価値観を持続させる」ための意思なの
誰もが誰もを思いやる社会というのは、その善によりもたらされたもの。
その善は、果たして、人間が人間らしく生きられるためのものだったのでしょうか。

ミァハの悲劇

ミァハの悲劇とはなんだったのでしょうか。
それは
・幼いころに兵士の買春施設で陵辱された
・思いやりという善意で埋め尽くされた世界に来た
という、両極端の世界で生きなければならなかったことなのではないでしょうか。

生きることにおいては、むごすぎる経験も、他人に思いやられるばかりでも、いけないのでしょう。
だからでこそ、ミァハはハーモニープログラムで、「均衡」が保たれた世界を作ろうとしたのではないでしょうか。
だけど、その均衡の取れた世界は、前述したように人間の意識がないのです。

陵辱された過去も、
いまいる思いやり溢れる世界をも、
ミァハは否定しました。

そんな彼女は、そのどちらでもない、ハーモニーの世界を作ろうとしました。
しかし、そこにはもはや人間が存在しないのです。
これが悲劇でなくて、なんなのでしょうか。

最後に、
<null>
わたし
</null>
というマークアップ言語が示されます。
nullが意味するものとは「何もない」です

この物語は、「わたし」(それこそ、世界中の)という意識が消失して、終わりを迎えました。

どうすればよかったのか

この物語は、一見してバッドエンドです。
しかし、生きることにおいて、大切なことを教えてくれるのではないでしょうか。

私たちの生きている世界では、少しずつ幸せなこと、うれしいこと、辛いことや、不快なことが混ざり合っており、とてつもない不幸に見舞われることもあります。

それでいいのではないでしょうか。
思いやりがあふれすぎているわけでも、地獄のような世界でもない。
そうした世界だからでこそ、人は生きることができるのではないでしょうか。

ガブリエルは「痛みは環境に依存する」と言っていました。
いろいろな経験を積み、自分が痛みを知ることで、他人の痛みも感じることができると思います。

親友のキアンは、ミァハの「バランサー」になりたかったと言っていました。
ミァハが、どこかで、本当の意味での心の均衡を保ち、トァンとキアンを同志ではなく「友だち」としてみることができれば・・・こうはならなかったのかもしれません。

また、ミァハは全世界での自殺事件での犯行声明で、「恐ろしい。腹立たしい。そこにはいろいろな感情があると思います。その感情は本物です。大切にしてください」と言っていました。
ミァハ自身も、痛みを伴うような感情が大切であるとわかっていた・・・本当は、世界にそれを伝えたかったのではないでしょうか。

トァハがミァハを殺した理由

原作と映画で、決定的に違うところがあります。
それは、トァンがミァハを殺す理由です。

原作では、トァンがミァハを殺す理由は、キアンと父の敵討ちであるとはっきり書かれています。

しかし、映画ではトァンとミァハの関係に「百合(ガールズラブ)」を思わせる描写(キス)があり、最後にトァンはミァハを抱きながら殺しています。(原作でもミァハがトァンの乳房を握るシーンがありますが、それはむしろ「嫌悪」を思わせるものでした)

映画でのトァンとミァハは、お互いに愛し合っていた、とも取れます。

それなのに・・・トァンはミァハを殺してしまう、殺さなくてはならなかった・・・。
トァンは、あれだけ否定したはずのおぞましい地獄も、善意で埋め尽くされた世界をも「愛している」と言ったミァハの言葉が耐えられなかったのではないでしょうか。
それは、トァンが、ミァハのこれまでの痛みを知ったからなのではないでしょうか。

一見悲劇ではありますが、最後に「愛する人の痛み」のための行動ができた・・・。そういう意味では、ハッピーエンドなのかもしれません。

伊藤計劃
778円
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2980円
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原作本のおすすめレビュー↓
<野良箱 伊藤計劃「ハーモニー」>

(C)Project Itoh/HARMONY

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  1. ラリーB より:

    まず最初に一言。冗談抜きにリバースしかけましたww
    予告見ずに鑑賞したんであんなグログロだとは予想してませんでした。
    人の殺し方もまあ悪趣味と言うか痛みがモロに伝わるような死に方でした。
    (普通のナイフじゃなくて尖ってないテーブルナイフで首グッサリってのが…)
    ストーリーは思っていたよりも分かりやすかったです。一見理想とされる世界が形成されていて
    でもそこに本来あった物が無い。そこに疑問を抱いた反逆者が世界を大混乱に陥れる。
    どうしても見ていてダブるなと思ったのは今でも個人的に心の底から憎んでいる映画
    「劇場版 機動戦士ガンダム00」(と言うかTVアニメ版から)ですね。
    この作品はハーモニーで語られていた超健康社会、ミァハが提唱するハーモニー社会のようながまるで理想郷のように描かれていて
    とにかく人間忌避の激しい映画でした。
    まるで人間であることを止めることが進化として扱われ進化できない人間は出来損ないとして淘汰される。
    そこには完全な平和の代償として疑うことも争うことも許されず全て管理されて終わる。
    だから僕はこの作品(ガンダム00)が心底嫌いです。口汚く言うなら人の幸せの有方をお前らが勝手に決めるなと。
    人間とはもっと可能性を信じていいんじゃないのかと…
    …で「ハーモニー」ですけど黒幕であるミァハが提唱した世界もそのような世界でした。
    かつて世界に肉体的に痛め付けられて自我が目覚め、次は理想郷のような束縛社会で精神的にレイプされた。
    だからこそミァハは幼い頃劣性遺伝によってもたらされた自我の封印という平穏を望んだんでしょうね。
    と同時にミァハは13年前に死に損なった仲間であるトァンに自分を葬って欲しかった。
    キァンや父ヌァザを殺したのも自身にトァンの殺意を向けさせる為。全てミァハの思うがままに進んでいく様が淡々と描かれていました。
    僕は健康社会が提唱した完全なる管理社会にもミァハが提唱した永遠の平穏にもNOと言いたいです。人間は確かに間違いも犯しますけど
    反省と改善と言う最大限のカウンターアタックを持ってるはずなんですよ。
    そこすら否定して殻に閉じ籠る事が真の幸せなのかと…安っぽい人間讃歌と言われようが
    僕は人の可能性を信じる方が好きですし争いや傷付く事もまた必要悪だと思っています。
    想像は痛め付けられるところからしか生まれない。「Wall-E」なんかもそうですけど
    殻を破って痛め付けられる事が出来て人は大人になるんだなあ…と再確認しました。
    評価はともかくとして色々考えさせられましたね。肯定にせよ否定にせよもっと多くの意見が得られて良い映画だと思います。

  2. いいこま より:

    自分は前以て予告を見てたのと屍者の帝国でもキツめだったと感じていたこともあって覚悟してたので幸い気分は害さずに済みました。
    ですが屍者の帝国以上にキツイところもあったと感じていたのでその意味で観る人を選ぶ作品なのは確かだなと。
    個人的にはwatchmeよる管理社会にしろミァハの考える世界にしろ「これで幸せと感じる人もいるならそれもアリかもしれないし正しいのはこっちかもしれないから存在は否定しない。だがそれでも自分はナシだ」って感じです。
    人間は考える葦と言うぐらいですし自分の頭で物事を判断してこそだと考えてる身としてはwatchmeによる管理に慣れきって思考を放棄してしまっている社会は如何なものですしミァハの提唱する世界だと「感情も人を人たらしめているものだしそれを拒絶したところで幸福の享受はあるのだろうか」と考えてしまうのでやはり如何なものかと思うところです。それに幸福は不幸と裏表一体ですし。
    ラリーB氏の仰るように幸福なんて他人に決められるもんじゃないだけに秘密裏に飲酒してるトァンのほうが管理する側より真っ当に見えます。
    あと「PSYCHO-PASS」とややダブるところもあると観てる間思ってました。具体的には「watchmeをシビュラシステムに、ミァハを槇島聖護に置き換えると多少の差異はあるものの割と似てる」と。沢城みゆきさんや榊原良子さんも同作で主要キャラの声当ててましたし案外意識してたのかもしれません(余談ながら前者はあちらでも百合っ気のあるキャラを演じてました)。尤もあちらは1期が2012年なので仮に意識してるとすれば寧ろあちらの方がかも知れませんが。
    何れにせよ「屍者の帝国」ともどもいろいろ考える良い契機になったと思うだけにラリーB氏の仰るようにいろいろな意見を聞けたらと思います。
    以上が自分の感想ですがネタばれ込みの感想を見ることになれば追記するかもしれません。

  3. 月輪 より:

    虐殺器官についてですが、山本幸治プロデューサーが新しくスタジオを設立し、2016年完成を目指して制作が再開されたようですよ。

    http://animeanime.jp/article/2015/11/13/25672.html

  4. 通りすがりのいがぐり より:

    まず自分は、ラストを見て驚きました。
    それはトァンが最後にミァハを殺した理由が違うからです。
    原作ではトァンは、キアンを自殺に巻き込み、自分の父がキアンの側にいた捜査官に殺され、トァンはミァハに対して復讐するためにミァハを殺しましたが、今作ではトァンがミァハ-かつて死のうとした高校生の頃のミァハ-を愛していたから殺したのです。
    トァンは、ラストで全くの別人になったミァハ-世界を愛するようになったミァハ-に対して絶望して殺したのです。
    原作では、確かに百合の描写がありトァンとミァハは友達という存在で描かれていました。しかし、今作では百合の描写がありえないほどあり、トァンとミァハがキスするというありえないシーンもありました。
    このシーンによって、トァンとミァハが愛し合っており恋人同士であるということが描かれていました。
    これは余りにも悲しい恋物語になったのです。
    かつてのミァハを愛していたから、かつてのミァハにしておきたいからトァンはミァハを殺したのです。
    世界を見捨てたトァンは、恐らく許せただろうミァハに対して絶望して彼女を殺したという、原作より救いようのない悲しい終わり方でした。
    因みに、現在公開中の屍者の帝国はオール・ユー・ニード・イズ・キル並みの原作改変を行っていますが、最後は安心できる良作になっています。
    原作より希望があり、派手なラストのアドベンチャーものです。
    ハーモニーで傷ついた心を屍者の帝国で癒してみてはどうでしょうか。

  5. 静華 より:

    あぁ、Project I.Gが関わっているせいか?
    攻殻機動隊とアップルシードとサイコパスとベクシルその他諸々が積み重なった世界……
    と、ぼんやり思いました。
    勿論、全てが繋がっている訳ではありませんし、亡き伊藤計劃さんの真意もいかほどかは分かりません。
    こればかりは、ディックや様々な人たちが積み重ねてきた物語というものがありますから、書き方に既視感を覚えるのも仕方ない……今までに映画を一切観たことないって人はほぼ居ませんから……。
    百合だ。百合だった。
    そして喉ぶっ刺して血がドバドバなのにPG12じゃないの!?って驚きました。
    サイコパスがR15指定を受けていましたからね。まああれは虐殺に似た部分がありましたからかなぁとは。キングスマンもR15指定ではありましたがあれはラスト近くのどんどんドーンのせいでしょうからね。
    最後の、あの慟哭に、えぇ……いやまあ分かるけど……!と、若干モヤっとしてしまった自分がいます。
    愛していたからこそ、その姿を保ったままでいてほしい。
    愛していて、崇拝していたからこそ。
    ミァハは、トァンにとって宗教だったのでしょう。思春期特有の、汚れていない存在であってほしかったのでしょう。
    それが、傷つけられ嬲られ汚された。
    だから自分を棄てるの。棄てたの。
    と自身の放棄をしたミァハをみて、彼女はミァハの皮を被った別の存在だ、きたない、と思ったのかなぁ。と。
    あのミァハのままで!と叫んだトァンは、純粋でいて欲しかった、気高くうつくしいミァハのままがよかったのだなあ。と。
    良くも悪くも。

  6. 静華 より:

    PG12なの!? R15じゃないの?! って驚いた、でした。
    編集しようとしたらパスワード設定し忘れてたので編集出来ず……
    すみません……

  7. 匿名 より:

    作家が自らの死期を悟る中で死がない世界を否定する作品を描く胆力に只々敬服します。

  8. ヒナタカ より:

    みなさん、多くのコメントをありがとうございます。
    管理人のネタバレなんかよりもこちらを読んで欲しいと思うばかりですよ!自分も原作読まないと。

  9. ヤキタコ より:

    私の感想としては、よくあの原作を映画化したな、と。
    確かに、説明セリフは多いですし、映画としてはちょっと、という場面もありますが、原作が大好きな私にとっては、あれを映画化するならこうする他ないだろうと思わせてくれる、満足のいく作品でした。
    ピンクと白を基調とした「優しさ」過多な世界のビジュアルがまず良い、それと、私は普段手描きアニメの中で3DCGが使われると、どうしても違和感を拭い去れないのですが、この作品の世界観にはマッチしていて、まあアリかな。
    ですが、特に素晴らしいと思ったのが御冷ミァハ役の上田麗奈さんのコケティッシュな声。御冷ミァハという、圧倒的カリスマ性と少女特有の儚さを兼ね合わせ、どこか別の世界を見ていて手のとどかない所にいるというキャラクターに説得力を持たせています。
    御冷ミァハというキャラクターを観客に信じさせることができるか、この一点こそ私が映画化と聞いて最も危惧していた部分なのです。なぜかというと御冷ミァハはタイラー・ダーデンだからです。
    伊藤計劃さんは「ファイト・クラブ」を、オールタイムベストに入る程大好きな作品であると公言していましたし、自身のブログ内でミァハを女版タイラー・ダーデンだと表現していました。そう考えると、「ハーモニー」と「ファイト・クラブ」には共通点が多数見られます。例えばラスト。主人公が引き金を引き、その後世界が崩壊する。しかし、「ファイト・クラブ」ではその銃弾がもたらすのは主人公とタイラーの同化と考えることができますが、「ハーモニー」ではむしろ決別。「ファイト・クラブ」では世界の崩壊は今ある社会の崩壊ですが、「ハーモニー」では今ある社会が極致に達する。これは伊藤計劃さんなりの差別化なのでしょうか。
    というわけで、御冷ミァハにブラピ並の説得力を持たせることが大切であり、それについては大成功していると思います。

  10. 毒親育ち より:

    私の一言感想:カンベンしてくれよ。ほっといてくんねえかな・・・
    >アニメ映画で言えば、よくも悪くも日本中をどんよりさせまくった『THE END OF EVANGELION 新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』に近いですね。
    ああ・・・確かに「人類補完計画」がなんなのか知った時のウンザリ感が蘇ります。
    まず物語として面白いし、映画としての出来も大満足ですけど、それゆえに困る。
    >御冷ミァハ
    誰かキングスマンに通報してくれ!エグジーならなんとかしてくれる!!
    たぶん学生時代にクラスに居たら全力で関わりを避ける子だわ・・・。私は「テロリスト」という人種が「中二病拗らせた意識タカい系」としか思えない性質なのですが、彼女を近親交配を繰り返す隠れ里出身の特殊な脳を持ったミュータントという出自にして、※重い過去を持った設定にしたのは上手い!と思いました。
    ※彼女の過去に「ONE PIECE」のドフラミンゴが頂上戦争で言っていた「戦争を知らない子どもと平和を知らない子どもの価値観は違う」という言葉を思い出します。まさに彼女はその両方の価値観を知りながら両方を拒絶してるんですね。・・・私はトゥアレグ族の皆さんのように程々を嗜む社会で生きたいです。
    >本作はおかげでPG12指定ですが、個人的にはR15+指定でも違和感がありませんでした。
    PG12は保護者の許可と同席が要るんですよね。これを許可する保護者はいるのでしょうか・・・。ミァハの生い立ちはショッキング過ぎて小学生には早過ぎると感じます。女の子は男性恐怖または嫌悪症に、男の子は自分の“男性”を嫌悪して性同一性障害になってしまいそう・・・。
    >霧慧トァン
    優しさにジワジワ絞殺される社会に身を置きながら「ほどほどに嗜んで生きる」ために世界で10人程しかいないエリートにまで昇り詰めた彼女は凄く強い人だと思います。自由に生きるためには自分を向上させるしかないんだなあ・・・。
    ・・・私なら「オレのダチとオヤジを殺して、オレのささやかな生活をぶっ壊してくれたテメーのスマしたドヤ顔ブン殴りに来たんだよォォッ!!」程度でしょうね。
    >世界が捉え方によりユートピアとディストピアとも考えられる
    優しさでじわじわ絞殺される感が凄く上手く表現されていました。世の中の「意識タカい系」な人達に観て欲しいなあ・・・。
    私は「ディストピア」と聞いて思い浮かぶのは「リベリオン」や「図書館戦争」のような思想統制から言論規制へ、そして創作表現禁止に進み、好きな漫画も読めず映画も観れず、侍が人を斬るTVゲームやっていると殺人犯扱いで、その取り締まりに警察権力が拡大仕切った社会なんです。
    幸せの定義がとりあえず飯が食える事が第一で、オジマンディアスやDr.ドゥームに世界制服して欲しいと夢想する性質なので、最初あまりディストピア感を感じませんでした。
    (静華さんが「アップルシード」を比較にされていますが「オリュンポス」もユートピアにしか見えませんし・・・)
    思想統制はされてるみたいですけど、飲酒喫煙(悪影響の面しか見てないのがまた・・・範馬勇次郎にちゃぶ台挟んで説教して欲しい)は禁止されている程度で、あまり取り締まりが厳しいようにも見えませんし、食事がサプリメントになってるかと思えば美味しそうな料理を提供するオシャレなレストランあったりで。
    と思ったら、キアンの近況語りに電車の中での席譲りから、自殺に失敗した我が子はともかく、在った事も無い娘の親友にまで号泣するトァンの母への嫌悪の思いです。ああ、解る。何かにつけて大きな災害等の悲劇があると襲ってくる自粛、お通夜ムードを強制する“優しさの空気”これが大嫌いなんですよ。
    一生懸命全力で優しく無い奴は人間じゃない!死ね!・・・みたいな。
    昔、秋葉原で「恵まれない子ども達へワクチンを届ける募金」とやらに出くわし自分では奮発して五百円玉を入れたのですが「千円お願い出来ませんか?」と言われて「これでも奮発したんですけどね」と言ったらさっきまで笑顔だったお姉さんが「もうイイです!信じられない!!」とプリプリ怒って行ってしまったのを思い出す。そういえばあのお姉さんもキアンに似てたなあ・・・。
    たぶんこの社会で私みたいなのは「キミはボランティアや募金等の社会貢献を積極的にしていないね。そんな冷酷な者は職場に相応しくないのでクビだ!→隣近所からも人でなし扱いで追い出される→公園や土手でホームレス暮らししていたら「まあ、なんてカワイソウな人!」→と私をクビにして街から追い出した人達がやって来て保護してくれる・・・なんでしょうかね。
    子どもの自殺が相次いでるそうですけど、障害者や老人の自殺率も高そうです。
    「ウォッチ・ミー」も最初はナノマシンが健康的なスマートな身体に不必要な栄養素の消化吸収を妨げてくれるものだと思い「健康管理を勝手にやってくれるとか楽だなあ、暴飲暴食し放題じゃん!!」・・・と思ったり・・・と思ったら「あれ食べちゃダメ!これ飲んじゃダメ!○○が悪いです。病院行きなさい!!」と五月蠅く小言を言ってくるだけとか・・・確かに死にたくなるほどウザイです。
    なんだか「無理だ!」と思っていた「グリーン・インフェルノ」に挑戦したくなってきました・・・。
    早く、誰にも迷惑かけずに孤独死や野垂れ死に出来る。意識ヒク~いユートピアが実現しますように・・・。そのためにエクセルシオ!

  11. 今日観ました より:

    ラストが原作と違うので、皆さんの解釈と僕は少し違うのですが、
    トァンのセリフで、『ミァハは変わらないね』と言っているので、今のミァハをトァンが愛している〔崇拝?〕のは変わっていないのだと僕は思いました。
    なので、今のままのミァハでいて欲しいから、トァンがミァハを殺したのは自分なりに納得できました。
    でも、なぜトァンは、一緒に死ななかったのかがわからず、いろいろ想像した結果、僕は、トァンは自分に罰を与えるために、死ななかったのだと思いいたりました。
    トァンは自殺しようとした時も、結果、裏切った〔失敗〕形になり、キアンは死ぬことで贖罪?になったけれど、自分は贖罪もできずにいたので。ラストのトァンのセリフで『私が何のために来たか、分かっていない』や、映画の冒頭のプログラミングメッセージを見ると、ミァハと一緒の世界に行けない事が、トァンの目的地なのかと感じました。一緒に死んでも、一緒にハーモニー後になっても贖罪は果たされない。かといって、ミァハが生きていた以上、自殺も贖罪にならない。だからこそのあのラストなのかなぁと、思いました。確かに、ウェルテル効果じゃありませんが、思春期の子供が影響を受けて、自殺したりして、プロジェクトが止まらない事を祈ります。
    とても素晴らしい作品ではありました。

  12. あやめ より:

    初めまして。
    私がネタバレ大歓迎な人なので読ませて頂きました。
    CMで見た時にPSYCHO-PASS感溢れてるな…と思いまして、主題歌も素敵だったし何よりミァハの声を初めて聞いた時物凄くぞっとするくらい胸が苦しくなったのがきっかけで公開が待ちきれず…レディースデーが待ちきれず…、笑
    皆さんのコメントも大変参考になりました。
    あとは映画観て私が死にたくならない事を祈るばかりです。笑
    レポ投稿ありがとうございます。

  13. 匿名 より:

    要は炉スケがチェチェンでヒャッハーしすぎちゃったせいで
    人類/(^o^)\オワタって話だよね?

  14. テーブルナイフ より:

    テーブルナイフって先っちょ尖ってないんで首を突き抜けることはまずない。ステーキナイフならわかるけど現実味に欠けていた。絵も酷い4℃がつくったからかハーモニーの前に映画で出ていた屍者の帝国よりも全然100倍酷いアートだった。話もつまらなくてもしもBlu-rayを購入したとしてももう一度見る気はしないようなそんなアニメでした。

  15. ラリーB より:

    あのシーンは殺しに向いていない尖っていないテーブルナイフだからこそ
    無理矢理首に捩じ込む痛みが伝わってきたと僕は感じましたね。
    (だからこそ僕はあわやリバースしかけましたw)

  16. いいこま より:

    確かにリアリティはないのかもしれませんがその点は作品の主題に対して重要でもないですしそもそもそこを突っ込むのも野暮なんじゃないかなあ、って気もします(まあ、この発言自体が野暮かもしれませんが)。
    あと以前のコメントでも述べてますが、劇中においてあの世界を受容してる人の方が多数派っぽいですし別にあり方として否定する気はなくユートピアと感じるならそれはそれでいいと思うのですがそれでも自分にとってはディストピアだなあ、と改めて思います。どう生きどう死ぬかくらい自由に決めさせてくれと。

  17. […] ※『ハーモニー』の感想はこちらで↓ アニメ『ハーモニー』近年まれにみる鬱映画だった(ネタバレなし感想+ネタバレレビュー) […]

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ヒナタカ

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