『虐殺器官』アニメ映画にした意義が、ここに(ネタバレなし感想+ネタバレレビュー)

『虐殺器官』アニメ映画にした意義が、ここに(ネタバレなし感想+ネタバレレビュー)

今日の映画感想は虐殺器官です。

個人的お気に入り度:7/10

一言感想:こんな世界でなくてよかった(そうなるかも……)

あらすじ

アメリカ軍特殊部隊のクラヴィス・シェパード大尉に、ジョン・ポールという名のアメリカ人を追跡するミッションが課せられる。
ジョン・ポールは元言語学者で、世界各所で虐殺を起こしているというのだが……。

わずか34歳でこの世を去ったSF作家・伊藤計劃のアニメ化プロジェクト「Project Itoh」、『屍者の帝国』と『ハーモニー』に続く第3弾です。


もともと本作『虐殺器官』は『ハーモニー』の前に公開される予定だったのですが、製作会社の倒産と、もともとの製作体制の劣悪さのために、1年以上も公開が延期されてしまっていました。

※『ハーモニー』の感想はこちらで↓
アニメ『ハーモニー』近年まれにみる鬱映画だった(ネタバレなし感想+ネタバレレビュー)

その事実はもちろんのこと、出来上がった作品にもスタッフの血のにじむような努力が見えるんですよね……。
予備知識がない方にもおすすめしたい理由も含め、以下にその経緯をまとめてみましたので、ぜひお読みください↓
『虐殺器官』を観るべきたった3つの理由 | シネマズ by 松竹

理系な作品かも

さてさて、本作の何よりの魅力は、哲学的な会話の数々です。
会話に「そういう考え方があるのか」「なるほどそれは説得力があるな」と感心、共感できるのが楽しくってしかたがありません。
カフカなどの文学に言及しているので文系よりの作風に思えるかもしれませんが、その論理的な会話はむしろ理系の人ほど楽しめると感じました。

本作は過度な管理社会、虐殺が起こる凄惨な世界を描くSFでありフィクションですが、現実の世界情勢などが反映されているので、詳しい人はより楽しめるでしょう。
ドナルド・トランプの政策と奇しくもリンクしているという事実が話題になるくらいですからね↓
トランプの暴走を予言していた?アニメ映画『虐殺器官』が話題に – NAVER まとめ

そのほかで知っておくと良いのは、言語学者のチョムスキーが提唱した「生成文法理論」ですね。
これは「人間がどんな母語であっても早めに言語体系を習得できるのは、学習や経験とは異なる文法が生得的に備わっているためである」という理論。以下のページがとてもわかりやすいので、この機会に勉強してみるのもおすすめですよ↓
脳は文法を知っている

また、公開中の映画『スノーデン』は、政府が全国民のプライベートを覗き見している(しかもテロとは明らかに関係ない)事実を暴露するというノンフィクションなのですが、『虐殺器官』を彷彿させるシーンがあったりするのです。

フィクションでありながら、「こうなるかもしれない」という圧倒的なリアリティを持っていること。これも『虐殺器官』の魅力でしょう。

原作からの改変は是が否か?

本作の難点は原作小説からカットされた場面が多いこと。
個人的には上の記事でも書いた通り、エンターテインメント性のある映像作品として、2時間に納めるための取捨選択と再構築がしっかりできている(それでも会話シーンが超多いけど)と感じたのですが、やはり不満に思う方はいるかもしれません。
特に、原作の序盤からたびたび挟まれる、「あの描写」がなくなっていることにがっかりする原作ファンは多いかもしれませんね。

オープニング(タイトルが出る直前まで)に原作から大きく変更された点があるのですが、こちらも賛否を呼ぶでしょう(個人的にはこれは肯定したいです)。

また、(原作からなのですが)タイトルを冠している「虐殺器官」については具体的な事例に欠けているため、説得力がないことは否めません。

個人的には軍事的な要素が少し苦手なので、ディストピアの世界観をより堪能できる『ハーモニー』のほうが好みだったりします。
ハードな世界観やリアリズム、映画作品としてのダイナミズムを重視する方にとっては、今回のほうが気に入るのかもしれません。

ピザの意味

原作から説明が省かれたところが多いため、映画の後に原作を読むとより理解が深まるでしょう。

たとえば、劇中で幾度となく登場する「ピザ」は、「世界が時代と共に変化していくのにも関わらず、まったく普遍であること」「しかし、これさえも管理された通貨システムの中でしか存在しなくなったこと」を示しています。
このピザが何を皮肉っているかは、物語が終盤に近づくにつれ、わかることでしょう。

ほかにも、序盤でベートーベンの「月光」が聞こえてくるのは、「地獄のような場所なのに、美しい曲が聞こえてくる」という皮肉だったりします。
映画だけでも、種々のシーンの意味を考えるという楽しみがあると言えるかもしれませんね。

残虐だけど、観てほしい

R15+指定大納得の残虐さは観る人を選ぶかもしれませんが、これでもエグさは原作よりもマイルドになっていますし、必要な描写です。

何より、アニメ映画という間口の広い媒体で、極めて多角的な観点から分析できる奥深さがある伊藤計劃の作品に、ぜひ触れてほしいのです。
大人向けのアニメ、ハードなSF作品を求める方に、ぜひおすすめします。

そうそう、本作はゲーム『メタルギアソリッド』シリーズが好きな人にもおすすめしたいですね。
伊藤計劃は生前に小島秀夫監督にかなりの影響を受けたと語っており、その理論的なセリフ、軍事的な要素が多いディストピアの描き方に本作との共通点が見られます。
自身で『4』のノベライズを手がけていたりもしていますよ。

以下は結末を含めてネタバレです。鑑賞後にご覧ください。
また、少しだけ原作との違いを書いているので、未読の方もご注意を。原作の核心的なネタバレ(結末など)はぼやかして書いています。↓

ユニークな「日本語吹き替え」の提示

冒頭で、「Select Your Language.」と聞こえてきて、誰かがスマホを操作して、「日本語」を選択するのが面白かったですね。
これにより「英語の部分は日本語吹き替えにしましたよ」と示しているわけで。
おかげで、主人公のシェパードが言語教師のルツィアに「英語がお上手ですね」と言ったセリフも、まあ違和感なく聞けます。

原作でのみ描かれたこと

原作ではシェパードが実の母を殺したことが描かれているのですが、映画では完全に削除されていました。
正確にはただ「殺した」というよりは……いや、これは原作を読んでみてください。ショッキングかつ、作品の根底に関わっているので。

そして、映画の序盤、戦闘適応感情調整チップの暴走(?)により死亡したアレックス(声:梶裕貴)の最期も原作ではまったく異なっています。
映画の(仲間でも)暴走して殺してしまうというのは、終盤のウィリアムズの行動(ルツィアをあっけなく殺すこと)と対になっているので、悪くないとは思います。

そして何より……原作の「エピローグ」に当たる部分は映画では描かれていません。
「これは僕の物語だ」と肯定的であるかのような締め方の映画より、最悪の後味(褒め言葉)を残してくれた原作のほうが、個人的には好みです。

フラット

本作で描かれているのは、虐殺の原因となるターゲットを追い求めているはずのシェパードたちが、その潜伏場所に赴き、子どもまでも虐殺をしているという地獄です。

しかも、シェパードはジョン・ポールに「断言しよう、君の感情はフラットだ」と言われている通り、戦闘適応感情調整チップはもとより、「仕事だから」という理由を持って、それについて何の感情も抱いていない(かのように思える)のです。

この「感情がフラット」になることへの悲劇、人間性の否定は、続く『ハーモニー』の劇中でさらに極端に表れることになります。

管理されないままで……

ルツィアがバーで紙幣を使い、管理されていない、ほっと一息つける自由な時間があって欲しいと吐露する場面がありました。

一方で、この前にバーの男・ルーシャスは「自由とは様々な自由の取引によりもたらされたもの」と話しています。

確かに自由とは、種々のコミュニティやルールがあってこそ、(逆説的ですが)得られるところがあるのかもしれません。
パスの必要がないバーで「自由」に踊っていた若者たちや、ウィリムアムズが「過保護すぎる」と批判していたアメフトのルールのように……。
(ちなみに、テレビでアメフトを見ているというのは映画オリジナル、原作では「無料で視聴可能な『プライベートライアン』の冒頭部分」を観ています)

ただ、ルツィアの言った通り、すべてが指紋認証などで管理されてしまう社会はやはり不自由で、たまにはそうした束縛がない時間を欲するのは、人間ならではの感情です。
この行き過ぎた管理社会から発生する悲劇は、これもまた続く『ハーモニー』で色濃く描かれることになります。

愛する人のため

ジョン・ポールは、不倫をしている間に妻子を失った過去を持っており、世界中で虐殺を引き起こしている理由を「愛する人を守るためだ」「彼らには彼らで殺しあってもらう。わたしたち世界には指一本触れさせない」と言い放ちました。

しかも、ジョンはルツィアの「悲しみを引き起こしているのはあなたじゃないの!」との非難に、「それは目に見えない悲しみだ」と言い返しています。

ジョン本人は、自身が起こす虐殺については「自分とは関係ない」と認識している……それは、極めて主観的かつ独善的な理由です。
ジョンの言う「愛」は、「関係のない世界の者たちに死んでもらい、自分の好きな者には生きてもらう」という差別的なものにほかならないのです。
彼が極めて「正気」で、それを行っていることも、悲しかったです。

この世の地獄

死んだアレックスは「地獄はこの頭の中にあります」と言っていました。

ジョンが虐殺を引き起こしていたこと、シェパードが子どもたちを殺し仲間を失っても「無感情」であったこと、それも人間の脳みそが引き起こした地獄なのかもしれません。

そうであるならば、悲しい時には悲しみ、親しい人を大切に想い、またどこか知らない世界も平和であってほしいと願う……。
本作の悲劇からは、反対にそのような希望を持ちたくなりました。

(C)Project Itoh/GENOCIDAL ORGAN

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  1. 毒親育ち より:

    難産の末に・・・伊藤計劃爆誕完結!

    >一言感想:こんな世界でなくてよかった(そうなるかも……)
    ・・・これが『ハーモニー』の前日譚だと思うと危ない程鬱になりますね。

    >『屍者の帝国』
    これが一番好きでしたね。希望の持てるラストと何より実在歴史上の偉人や古典のキャラによるチームアップとか『リーグ・オブレ・ジェント』みたいで楽しかった!
    でもこれも本作と『ハーモニー』と同じ世界線の話なのかなあ。

    >理系な作品かも
    すみません「う~ん!難しそう!」とか言ってしまいましたが、「うんこちんこ」で爆笑している中年の脳にも響きました。

    >トランプの暴走を予言していた?アニメ映画『虐殺器官』が話題に – NAVER まとめ
    実はあの「暴言芸」が・・・?ってそれは無いにしても。正直「嘘やろ・・・!?」と思いましたね。トランプ大統領、いや個人的にアメリカ人だったらヒラリーさんもNo!ですが・・・、それだけ「劇薬」を試してみたくなるほどなのかよアメリカ・・・。
    一方我が美しい国は・・・劇薬試して余計に身体壊したので、ウンザリする程副作用が酷くなてきたけど常備薬を使い続けようとかねもう。
    伊藤計劃先生の肩書が「作家」から「預言者」として記された遺跡を、千年後に地球を訪れた宇宙人か、「じょうじ!」な人達が発見しませんように・・・。

    >残虐だけど、観てほしい
    最近子役に無茶をさせ過ぎなハリウッドでもこれは実写化出来ねえわ・・・と思いました。
    「鉄砲で撃たれた人は身体に穴が開くだけじゃないんだよ~?」感が凄い人体損壊描写です。

    >原作でのみ描かれたこと
    >シェパードが実の母を殺したことが描かれている
    なんと・・・!アニメの彼を見ると中流家庭に良い子に育ったんだろうな・・・」という印象だっただけに驚きです!

    >フラット
    >戦闘適応感情調整チップ
    この設定『ザ・ゲスト』を思い出した。
    現実に兵士のPTSDに少年兵と戦わねばならない事も多いそうですしね・・・。
    それにしても四肢を失う程の痛み、もうペンも持てない損壊という喪失感を「情報」としてしか感じなくなるってどんな心理状態なんだろう・・・。
    何も向うの価値観は江戸時代から昭和初期の日本の家父長制なんか真っ青な程らしいですが、子どもを兵士にしてたら未来どころか明日も来ないって気付いてよ・・・。

    >「仕事だから」
    現実にはキャプテンアメリカみたいに優しくCQC・・・とは行きませんから。私達は社会の役目としてこの「嫌過ぎる仕事」を兵士という誰かにしてもらってる事も忘れてはいけないかと思いました。
    ああ・・・スーパーマンが少年ギャング団を超高速で緊縛してしまうシーンに現実逃避したいです。

    >管理されないままで……
    >ルツィアがバーで紙幣を使い、管理されていない、ほっと一息つける自由な時間があって欲しいと吐露する場面がありました。
    指紋と目玉がお財布とペン代わりになる世界。楽だなあ・・・と思いつつもなんか余計にメンドイなあ・・と思わせる描写が見事でしたね。

    >自由とは様々な自由の取引によりもたらされたもの
    関係ないかもですが、最近その取引相場がおかしいよ!?

    >「過保護すぎる」と批判していたアメフトのルール
    あのぉ・・・“全身プロテクターで固めた百キロ超の筋肉塊”が突っ込んでくるんですが・・・て、ウィリムアムズさんはリアル超人兵士さんですけども!

    >愛する人のため
    ジョンのやり方なんですが。思想なんて簡単に伝播する社会で揉め事の舞台を他所に移しせば自分ん家の周りでは起きないってことはないんじゃないかなあ・・・と最近のハタ迷惑過ぎる「自慰行為」を起こす意識タカい人達を見て思ったり。
    あと。人工(でなかった)筋肉の生産元についての、豊かな暮らしは遠くの誰かへの搾取で成り立っているとか、安い賃金で働いてくれる他所の国の人達に仕事をお願いしていたら、自国のお仕事がすっかり易くなってしまうという因果応報を受けている国で考えさせられました。

    >この世の地獄
    >そうであるならば、悲しい時には悲しみ、親しい人を大切に想い、またどこか知らない世界も平和であってほしいと願う……。
    >本作の悲劇からは、反対にそのような希望を持ちたくなりました。
    とりあえず。映画館の帰りに素材を作ってくれた人達と運搬管理してくれた人達と調理してくれた店員さん達に感謝しつつビッグマックを残さず食べました。
    ・・・食べ終わってから。ついさっきまで子どもの血と肉と内臓が飛び散る映画を観ていたのを思い出したり。
    考え過ぎて麻痺しちゃったかな・・・。

  2. めい より:

    >>戦闘適応感情調整チップの暴走(?)
    作中で提示されたこれはジョン・ポールの研究内容を知っていた軍(政府)の欺瞞だと思います。
    アレックスはグルジア語を使えるために、この地域の暗殺任務に数回駆り出されている。といったセリフがありましたから、その数回の中で虐殺が起きている地域で流れる虐殺文法を何度も聞いていたはずです(作中でも実際にラジオや侵入した教会で虐殺文法が使われたと思われる放送が流れていました)。
    結果、アレックスは虐殺本能を刺激され続け、作中のあそこで暴走にいたってしまったのではないかと。
    ジョン・ポールが作中で語った「虐殺文法は戦闘適応感情調整(チップなどの物理的なものではなく、ナノマシンやカウンセリングで施すそうです)を施されているようなフラットな脳によく影響を与える」とも符合しますしね。

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著者

ヒナタカ

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