『STAND BY ME ドラえもん』(誰かの幸せ)ネタバレなし感想+ネタバレレビュー

『STAND BY ME ドラえもん』(誰かの幸せ)ネタバレなし感想+ネタバレレビュー

今日の映画感想はSTAND BY ME ドラえもんです。

個人的お気に入り度:6/10

一言感想:しずちゃん、いい女すぎ

あらすじ

のび太は勉強もできない、運動も苦手、そのうえ面倒くさがりでダメダメな少年だった。

ある日、22世紀からのび太の孫の孫であるセワシと、ネコ型ロボットのドラえもんがタイムマシンでやってくる。

のび太はセワシの代まで迷惑をかけていたため、セワシはのび太のために世話係のドラえもんを連れてきたのだ。

ところが、ドラえもんはのび太の世話に乗り気ではなく……?

※今回の感想は前半部分にも「どの原作のエピソードが選出されたか」を書いています。原作既読者にとってはネタバレと言えるかもしれませんのでご注意を

フレンズ もののけ島のナキ」の山崎貴×八木竜一監督の最新作です。

原作から選ばれたエピソード

本作では、国民的人気マンガ「ドラえもん」のエピソードを取捨選択し、再構築がされています。

今回のエピソードで選出されていたのは、以下の8編でした

未来の国からはるばると:1巻

さようなら ドラえもん:6巻

帰ってきたドラえもん:7巻

雪山のロマンス:20巻

のび太の結婚前夜:25巻

しずちゃんさようなら:32巻

たまごの中のしずちゃん:37巻

※「未来の国からはるばると」「さようならドラえもん」「雪山のロマンス」「のび太の結婚前夜」の4つで人気投票をした結果はコチラ(選定されるエピソードが調べ不足ですみませんでした)。

まずこのラインアップを見て多くの方が思うであろうことは、「詰め込みすぎ」「原作に頼りすぎ」なのではないか、ということでしょう。

しかし、自分は観ているうちはそうは思いませんでした。

その理由のひとつが、“のび太がしずちゃんと結婚することがわかるまで”という一本の流れのもとで話が構築されていること。

エピソードが単なる寄せ集めのオムニバスになっておらず、しっかり映画としての盛り上がり、山場があるように順番にも気を使い、工夫がされていました。

原作へのリスペクト

もうひとつの理由が、多大な原作リスペクトを感じたことです。

重要なシーンではすべて前作のエッセンスを拾い、ちゃんと映画ならではのひと味も加えています。

エピソードの描きかたに絞れば、「こんなの自分の知っているドラえもんじゃない!」と怒ることはまずないのではないのでしょうか。

不満点

STABD BY MEドラえもん

もちろん不満がないわけではありません。

たとえば、原作にない「ドラえもんがのび太の世話に乗り気ではない」という設定はあまり生かされているようには思えません。

描写のほんのちょっとのところに違和感を覚えるところも多々あります。

エピソードが矢継ぎ早に展開するだけに、“余韻”を感じにくいところもあります。

また、カメラワークやキャラの動きにピクサー作品の影響を多分に感じました。

そこは“よいものから学ぶ”という意味で肯定したいのですが、(賛否両論わかれまくりの)あのピクサーらしいエンドロールは自分ははっきり否定派です。今回の作風からすると、かなり野暮に感じました。

背景に「panasonic」「TOYOTA」といった企業の看板が映るのもちょっと興ざめかも。

ここで原作ファンこそわかる小ネタが仕込まれているだけに、よけいに邪魔なものに思えてしまいます。

クライマックスで看板にピントが合う「ペコロスの母に会いに行く」や、節操がなさすぎる「トランスフォーマー/ロストエイジ」に比べればはるかにマシなんですけどね。

映画の持つ魅力…

何よりも好きでないのは、とにかく“泣ける”映画というのが宣伝に用いられていることです。

確かに「さようなら ドラえもん」「帰ってきたドラえもん」のエピソードは泣けます。いま読んでも号泣ものです。

しかし、映画の持つ魅力って、“泣ける”ことが前提に来るものなのでしょうか。

映画は物語があり、役者の演技があり、演出や撮影があり……そうしたすばらしいものの先にあるのが“泣ける”という感情なのではないでしょうか。

みんなのシネマレビューの民朗さんの意見(「地獄でなぜ悪い」のネタバレ注意)をそのまま拝借して恐縮ですが、園子温監督は観客に“泣かせること”を至上とする映画が溢れていることに憤りをあらわにし、黒澤明深作欣二など日本を代表する名匠の映画には、“泣ける”映画はほとんどなく、そういう作品を撮りたいと考えていたそうです。

思えば、「ショーシャンクの空に」や「バック・トゥ・ザ・フューチャー」や「天空の城ラピュタ」といった大傑作も、“泣ける”作品ではないですよね。

泣けるというのは、作品においてあくまで副次的にもたらされるものであって、そこばかり追い求めてもしかたがないと思うのです。

しかし、山崎貴監督の作品には演出や音楽のそこらかしこに、「さあ、泣かせてやろう」という“泣ける前提”を感じてしまいます。

自分は「永遠の0」はいい映画だとは思うのですが、“登場人物が昔話を聞いてさめざめと泣く”シーンを見せるのは、心底大嫌いでしたから……

「STAND BY ME ドラえもん」は、そういった“あざとさ”や“お涙頂戴”はあまりは感じず、むしろ効果的に、大仰にならない範囲で音楽を使っている印象だったのでよかったのですが、やはり宣伝にある“ドラ泣き”は死ぬほど嫌いです(どら焼きとかけているのがさらにイラっとする)。

“泣ける”内容を世間が求めており、それを宣伝に用いるのも理解できるですけどね………。

原作にあった“毒”

悪いともよいとも言えないのが、原作にあった“毒”がまるごとなくなっていることです。

原作では皮肉の聞いたエピソードあり、ブラックすぎてマジで怖いエピソードあり、登場人物がとんでもない暴言を吐いたりもして、それはトラウマドラえもんのおもしろさのひとつなのですが、本作ではそうした点は根こそぎなくなっています。

これは個人的にはよかったのではないかと思います。

なぜかと言えば、原作そのままだったら毒が強すぎるから。

ジャイ子は原作の第1話で「やぁ 首吊りだ ガハハ」とかほざいていますからね。うん、これはカットして正解。

しずちゃんって

しずちゃん

個人的には本作の真の功績は、しずちゃんがいかにすばらしい女性であったかを気づけることだと思います。

いやもうしずちゃんがキング・オブ・理想の女性像であることは周知の通りですが、この映画を観ると100点満点だったしずちゃんが150億点くらいになりますから。冗談じゃなく。点数つけるのもおこがましいのだけど。

これはとにかく“しずちゃんいい女エピソード”で映画が構成されていることと、前述の通り毒を排除してくれたからですね。

しずちゃんは原作で「クラスでいちばんわすれんぼのあんたが ホホホ」とかほざいていますから。うん、そういうしずちゃんを描かなくて正解。

作り手のドラエもん愛

この映画ならではのほんのちょっぴりの台詞の付け加えもよかったです。

これは未来の出来杉君、ジャイ子、そしてのび太が言ってくれるのですが……これがなんとも素敵なのです。

作り手がドラえもんが大好きで、すべての登場人物を愛おしい感じているのが伝わってきました。

これはドラえもんファンにはもちろん、あまりドラえもんを知らない方にもおすすめできます。

子どもから大人まで、分け隔てなく楽しめるでしょう。

ドラえもんという作品に溢れる優しさとメッセージはギュッと詰まっていますし、(懸念材料のひとつであるであろう)3DCGで作られたキャラクターも表情豊かでとてもかわいいです。

むしろ3DCGにしたことで、あの愛らしいドラえもんが“そこにいる”感じもとてもよく出ているように思えました。

“タケコプター”で空を飛ぶシーンなど、3Dを意識した画が多いので、本作は3Dで観るのもおすすめします(自分は2Dでした)。

秦基博による主題歌「ひまわりの約束」もよかったですね。

その歌詞には内容とマッチした優しさがありました。

その昔に観た「帰ってきたドラえもん」の感動をもう一度味わいたい方もぜひ劇場へ。

個人的には、本作は“泣ける”映画ではなく、ドラえもんという作品が持つメッセージを堪能することを目的に観ることをおすすめします。

以下、結末も含めてネタバレです 鑑賞後にご覧ください↓ 原作との違いも書いているので未読の方は要注意。



野暮な不満点

ドラえもんがのび太のパパとママや、ジャイアンたちに初めて会う場面がない

原作でも一度も描かれていないことですが、ドラえもんとの出会いから、いつもの仲間との触れ合いを描く本作でこれがなかったのは違和感を覚えます。

……と言うよりも、単純にのび太のママやしずちゃんがドラえもんをはじめて見たときのリアクションを知りたかったんですよね。

ママが「キャー!青タヌキ!」と叫んだり、しずちゃんが「じゃあ、ドラちゃんって呼ぶわね」と言ったり、そういうふれ合いを期待してたので、けっこう残念でした。

ドラえもんがはじめにのび太の世話に気が乗らなかったことにあまり意味がない

片倉設定や「2112年ドラえもん誕生」では、ドラえもんもじつは落ちこぼれロボットであったことがわかるので、何かそこに絡めたエピソードがあるのかな、と思っていたら一切ありませんでした。

ドラえもんが乗り気でないのははじめだけで、すぐに積極的に道具を使ってのび太を助け、やる気まんまんだったのでちょっと肩すかしでした。

これは、ドラえもんが最後に未来に帰らなければならないと悟ったシーンに関わってくることではあるのですけどね。

”成し遂げプログラム”の存在

セワシは、のドラえもんの鼻を回して“のび太を幸せにするまで帰れない=(幸せにすると絶対帰らなければならない)”というプログラムを作動させます。

これは、原作にない点としてはもっとも賛否を呼ぶところでしょう。「セワシがドラえもんを強制させる」という点で、キャラのイメージが崩れてしまった人も多いと思います。

これは、原作では詳細には描かれていなかった“ドラえもんが帰らなければならない理由”に説得力を持たせる手段でもあるのですが……ほかの方法はなかったのかなとも思います。


※以下の意見をいただきました。

「成し遂げプログラム」の件は史上最低レベルの改悪ではないでしょうか

これではただの奴隷ロボットですよ。セワシはそれだけ鬼畜なのかとw

ドラえもんの良いところはロボット三原則に当て嵌まらない自由意思によって動くロボットだと言うことだと思うのです

恐らくドラえもんが未来に帰らなければならなくなった理由付けが原作だと弱いからなんでしょうが、もっとやりようは無かったのだろうかと考えてしまいます

自分が子どもの頃から見てきたのび太とドラえもんの友情を否定された気分になりました

※とても参考になる<みんなのシネマレビューの奥州亭三景さんの意見>もどうぞ

タイムふろしきで成長したのび太の声が、子どものときののび太の声といっしょ

そののび太とは違う”未来ののび太”の声を演じるのが妻夫木聡なので、その区別をつけるためなのですが、違和感がありました。

「雪山のロマンス」のエピソードのクライマックスにあまり説得力がない

これは原作にはない描写。タイムふろしきで大人になったのび太が、未来にいるもうひとりののび太に“記憶”を届けるため、時計の時間を覚えて、空に手を挙げるのですが……

手を掲げる前に“オートコンパス”を見て正確な座標を知るなどのあらゆる手を尽くしてほしかったし、“記憶”が届いてすぐに未来ののび太が来たというのも違和感がありました。そこは記憶を届けてから、かなりの時間経過があったほうがよりドラマティックだったと思います。未来だからどこでもドアで来いよというツッコミは禁句

でも、未来ののび太が「不思議な感覚だった、記憶が飛び込んで来たみたいだ」と言うのはよかったですね。タイムパラドックスの不思議さをちゃんとことばで説明してくれました。

のび太としずちゃんが雪山で死にかけているのに、どこでもドアの外のあったかいところで昼寝しているドラえもん

いや話の進行上しょうがないのはわかるし、何の助けもいらないと言ったのはのび太なんだけどさ。せめてタイムテレビで見張ろうぜ。

のび太が”いいやつ”であるエピソードが少ない

むしろ”刷りこみたまご”のエピソードのおかげで、この映画だけではのび太が卑怯者に見てしまうかも……ちゃんと”人の幸せを願う”ことは描かれているのですけどね(後述)。

ぼくをタスケロン”のエピソードがあればよかったかな? あれは道具の力ではあるのだけど、しずかちゃんがのび太を惚れ直すきっかけ(?)として重要だったと思ったので。

刷りこみたまごに入った後のジャイアンがトラウマレベルでキモい

これはむしろいいところかw 3Dで飛び出るジャイアンのぶっちゅうが誰得で素敵。

のび太がメガネを外した後の目が 3 3 じゃない

最近ののび太は目が「33」じゃないんですって。この映画でもやってほしかったけど、感動シーンが崩れるからやんなくて正解かなあ。

のび太の目<いま思うと「さようならドラえもん」でのび太はなぜメガネをしたたまま寝ていたんだろう……

エンドロールのNG集

エンドロールでは「トイ・ストーリー」のように、3DCGアニメ作品にはじっさいはないはずのNG集をわざわざ見せてくれるのですが……

本作のラストが再びのび太とドラえもんが巡り会い、これから先の関係を想像させるものであったので、ここで「映画でした」としてしまうのは野暮な演出なのではないでしょうか。

ちなみに「トイ・ストーリー3」にはNG集がありませんでした。観た人ならわかると思うのですが、あの映画のラストの余韻は何にもジャマされたくないと思うはず。本作にも、そうした心配りが欲しかったです。


※以下の意見をいただきました。

「ジャイアンの扱い」が残念です。

映画の後半、ジャイアンはドラえもんに頼らないのび太をメッタメタのギッタギタにします。さらにドラえもんを失ったのび太に対し「ドラえもんを見た」と残酷な嘘をつきます。

この流れは原作通りで良いのです。しかし、映画はドラえもんが帰ってきたところでパタリと終わります。このままではジャイアンは単なる悪い嫌な奴で終わってしまいます。何かオリジナルでも良いので最後にフォローを入れるべきだと感じました。

ジャイアンは自分勝手でわがままだけど凄く良いヤツです。妹想いですし、人情味あふれています。特に「ドラえもんに休日を(35巻)」は大好きな話です。また大長編になるとさらにカッコ良くなるようなヤツです(例:のび太の大魔境)。

今回の映画は「帰ってきたドラえもん(7巻)」の話で終わらせたために「ジャイアンが悪者」のままで終わってしまいました。この時点で「キャラクターに対する愛が欠如した映画だな」と感じてしまいました。素晴らしい原作を詰め込めば良い映画ができるわけではありません。問題は物語の構成の仕方です。

小ネタ

ダイジェスト形式でつぎつぎ出てくる道具

ガッチリグローブハッスルネジ巻きガリバートンネル雲固めガスなどが続々登場。雲固めガスは子ども心に憧れたなあ……

ドラえもんがはじめてやってきたとき、出されたどら焼きが大好きになる。

原作ではお餅を食べていましたね。原作とは違い舞台が夜になっているのは、のび太が眠っているしずちゃんを見て“幸せ”を感じているところを見せたかったからでしょう。

ドラえもんの押し入れに飾ってあったポスターが「SUMIRE HOSHINO」

ドラえもんは星野スミレの大ファンです。

未来の街で「あばら谷ホーム」の看板が見える

原作では“あばら谷君”という大家族の男の子がいました。

未来の街で「GIANT MARKET」の看板が見える

ジャイアンの何を売っているのかは謎の商店、規模が大きくなったんですね。

「Korosuke」の看板も見える

コロ助も将来的には量産されるんでしょうか(違う)。

結婚式場の電飾に「星野すみれディナーショー」「世界の王冠コレクション展」の文字が見える

原作に王かんをコレクションする話があったなあ……近頃は王かんを集めている子どもは皆無なんでしょうね。

そのほかの小ネタ参考↓

「STAND BY ME ドラえもん」の原作小ネタまとめ – NAVER まとめ

「ドラえもん」のトリビア満載!『STAND BY ME ドラえもん』の監督たちがこっそり教える小ネタとは? | ニュースウォーカー

しずかちゃんがOKをする相手

しずちゃんは本当にいい女性です。

それは「しずちゃんさようなら」「雪山のロマンス」のエピソードで深くわかることでした。

のび太はわざと嫌われるためにしずちゃんにスカートめくりをして、さらにムシスカンを瓶丸ごと飲んだためにドラえもんやママも家を飛び出るほどに周りを寄せ付けなくしてしまいます。

それでもしずちゃんはムシスカンの力に負けず、のび太のために2階にあがり、トイレで背中を押して吐かせて助けてくれるのです。

しずちゃんはここでのび太を「先生に叱られたくらいで何よ!」と叱ってくれました。

その後の嵐が巻き起こる雪山では、しずちゃんは(実際は子どもの)のび太が世界地図を持って来たり、マッチを濡らしたりとドジなところばかりを見て、「ほおっておいたらどうなっちゃうかわからないわ」と思います。

ここでしずちゃんは「この間の(プロポーズの)返事、OKよ」と言ってくれます。

しずちゃんは、弱った人をほうっておけない優しい性格。

彼女の性格は、”人の幸福を願う”ことができるのび太と似たところもあったのでしょう。

不幸と幸福

しずちゃんに嫌われようと行動を起す前、のび太はこう思っていました。

「(しずちゃんのことが)大好きだよ!僕はあの子がいるから生きていけるんだ。でも、僕のお嫁なんかに来たら一生苦労するよ。僕はいままで自分のことばかり考えていた。しずちゃんが僕のせいで不幸になるのは辛いんだ」

ここでのび太は、自分が犠牲になってでも人(しずちゃん)が幸せになってほしいと願いました。

しずちゃんのパパが言った「人の幸せを願うこと」に一致することではありますが、肝心の自分の幸せを考えていません。

のび太は自分を不幸にして、しずちゃんに叱られたからこそ、いま一度しずちゃんがどれだけかけがえのない存在であるかに気づきました。

だけど、自分が幸せであることでほかの人が幸せになることもあります。

幸せは与えるだけでなく、誰かと共有もできるものです(たとえば結婚で)。

ドラえもんも、しずかちゃんに叱られた後ののび太を見て、こう言ってくれます。

「君は夜空の星の中から可能性をつかんだんだ。人を思いやる気持ちが、君を変えようとしている」

他人を思いやるということは、自分の可能性を広げることにもなるのでしょう。

出来杉君の悲哀

大好きでしょうがなかったのは、原作にない、大人になった出来杉君のひと言です。

彼は言わずと知れた秀才で、顔も行動もすさまじいイケメンなのですが、のび太の結婚前夜の酒の席ではこう愚痴ってしまうのです。

「本当はぼくが幸せにしたかったんだけど、”あなたは何でもできるからって”……」

そう、彼は何でもひとりでできるからこそ、しずちゃんにフられてしまったのです。

藤子・F・不二雄先生は「エスパー魔美」で高畑和夫という秀才キャラの悲哀を描いたことがあります。

ここで出来杉のキャラをたててくれたのがうれしいだけでなく、しずちゃんがなぜ出来杉でなくのび太を選んだのかもよりわかりやすくなり、藤子・F・不二雄先生へのリスペクトを感じて何ともうれしくなりました。決してリア充ざまみろとかそういうことじゃないよ。

ジャイ子がいいやつに

結婚前夜の酒の席のすぐそばでは、ジャイ子がマンガ家として仕事をしていました。

ジャイ子はのび太に対して「しずかさんを泣かしたら、わたしのペンが黙っていないよ!」と言ってくれます(原作では、これに似たことをジャイアンが言っていました)。

ジャイ子が、兄の友だちだったしずちゃん(とのび太)を大切に思っていることがわかること、ジャイ子の夢であった漫画家にれたことをしっかり見せてくれるのがうれしいですね(じつはこのことが描かれたのははじめて?)

ジャイ子はのび太にさえ「あの子はやだい」と言われてしまう女の子で、可哀想だと感じることもしばしばだったですもの……

この映画のジャイ子はキュートでよかったです。ジャイアンがシスコンになるのもわかる気がします。

余談ですが、ジャイ子に本名がない理由が、同じ名前の子がいたらいじめられるからつけるのをやめたということにも、不二子先生の優しさを感じずにはいられません。

STAND BY ME

ジャイアントのびた

未来ののび太の、子どもののび太に昼寝をしているドラえもんに会ってみないかと提案されたときのことばも大好きでした。

「いや、よそう。ドラえもんはぼくの子どものときの友だちだからね。大切にしなよ」

子どものときの友だちは、そのままの姿では、”その時”にしか会えません。

それは思い出としてずっと心に残るものです。

未来ののび太は、”大切な思い出”を守るために、ドラえもんに会わないと決めたのでしょう。

タイトルの「STAND BY ME」の理由も、ここにあるのでしょう。

自分には、「そばにいて」「自分を支えていて」というそのままの意味以上に、映画「スタンド・バイ・ミー」のテーマそのものを表しているように思いました。

この映画(原作小説もありますが)では、「もう二度と会うことができない、かけがえないのない友だち」との冒険の物語が綴られています。

もう二度と会えないのはとても寂しいことですが、だからでこそ”大切な思い出”は輝きます。

この映画を観た大人には、子どものころの大切な友だちとの思い出を大切にしてほしい。

子どもには、いまの友だちを大切にしてほしい。

タイトルと、こののび太のことばには、そういう想いが込められているのではないでしょうか。

ドラえもんの涙

終盤に、しずちゃんとの結婚を知り、幸せになったのび太を見たドラえもんは、川辺で「あれ、おかしいな」と言いながら涙を流してしまいます(これも原作にはありません)。

しかもこの川辺、のび太がしずちゃんとの別れを決意した場所といっしょなのです。

のび太がしずちゃんと別れようした未来が、ドラえもんがいたおかげで変わり、その“分岐点”でドラえもんはのび太の幸せを見て、そして涙する……

作中屈指の名シーンだったと思います。

さようなら、そして新しい日々

ドラえもんは帰らなければならなくなります。

安心してドラえもんが帰れるようになるためには、のび太は”ひとりでも大丈夫”であることを見せなくてはなりません。

鼻からスパゲティを飲ませるというムチャぶりを押し付けるジャイアンにのび太は立ち向かいます。

殴られても、殴られても、何度でも起き上がって―

ドラえもんが帰った後、”がらん”とした部屋で、のび太は「心配しないで」と願いました。

でも、やっぱりドラえもんのことが忘れられないのび太は、エイプリルフールにジャイアンから「ドラえもんが帰って来た」というひどいウソをつかれ、心に傷を負います。

のび太は”ウソ800”の力でジャイアンとスネ夫を懲らしめて、部屋に戻りながら「ドラえもんはもう帰ってこない」と言います。

扉の先には、未来から帰って来たドラえもんがいました。

のび太は「うれしくない」「ずっといっしょに暮らさない」(ウソ800を飲んでいるから)とドラえもんに告げ、青空を映したところで映画は幕を閉じました。

誰かの幸せ

「ドラえもん」という作品で大好きでしょうがないのは、のび太のような“だめなやつ”にエールを送っていること、前述したように“人の幸せを願う”ことを尊さを説いていることです。

とにかく忙しく、出世や競争などが重視される現代において、この“人の幸せを願うこと”は、けっこう難しくなっているのではないでしょうか。

そのような世の中で、「ドラえもん」は“人の幸せを願うこと”がもっとも大切なことなのでないか、といま一度思いださせてくれるのです。

ちなみに、しずちゃんのパパの台詞はほぼ原作のままでしたが、付け加えられたもののあります。

「幸せを誇りに思いなさい。君の未来は絶対に明るい」

のび太のように、人の幸せを願い、自分も幸せになる。

そのことは、誇りに思うこと―

こうして、生きたいと思いました。

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  1. 匿名 より:

    今回の感想、少し雑だと思うところが多々あったので残念です

  2. ヨツ より:

    どうも、いつも楽しくレビューを読ませてもらっています。
    自分もこの映画を見たのですが大体はカゲヒナタさんと感想は同じです。
    (自分はもう少し点数が低めですが)
    普通に面白いとは思うのですが、USO800の話が蛇足に思えたのがちょっと…。
    好きな話ではあるんですが、のび太の成長をずっと映画中で表現してたのだからドラえもんのいない部屋でEDの方が良かったように思えるのですが。
    それとただの記憶違いだったら申し訳ないんですが、のび太の部屋の向こうにもう一つ部屋がありませんでしたっけ?(おばあちゃんの部屋かなにかあったような)
    映画だとのび太の部屋の向こうに窓しかなかったので非常に気になったのですが…

  3. デルピッポ より:

    ヒナタカさんは意外と高評価なのですね
    確かに駄作とは言えないかもしれません
    しかし、「成し遂げプログラム」の件は史上最低レベルの改悪ではないでしょうか
    これではただの奴隷ロボットですよ。セワシはそれだけ鬼畜なのかとw
    ドラえもんの良いところはロボット三原則に当て嵌まらない自由意思によって動くロボットだと言うことだと思うのです
    恐らくドラえもんが未来に帰らなければならなくなった理由付けが原作だと弱いからなんでしょうが、もっとやりようは無かったのだろうかと考えてしまいます
    自分が子どもの頃から見てきたのび太とドラえもんの友情を否定された気分になりました
    この山崎貴という人は構成力が無いですね
    この人は実写化、アニメ化で原作無視で贖罪とか葛藤とかを盛り込んで悦に入る監督の部類なのだと思います
    三丁目の夕日、クレヨンしんちゃん、宇宙戦艦ヤマトに続いてドラえもんでもやりやがったなと…
    しかもこの人インタビューで「成し遂げプログラム」を便利な設定とか言ってたらしく本当に最低です
    次は寄生獣ですか。まぁあれはアニメ版が思いのほか酷そうなのでむしろ実写版のほうが救われそうですが

  4. >ヨツさん
    横レス失礼いたします。
    > のび太の部屋の向こうにもう一つ部屋
    大山版(恐らく日本テレビ版も)ではそうですが、わさび版以降、のび太の家の間取りが一新されています。
    階段の位置も廊下に垂直ではなく、玄関に向かって正面になっています。

  5. 匿名 より:

    現代ののび太がしずかちゃんからのメッセージを伝えた時、未来ののび太が乗っていた乗り物、降りた時と再び乗り込む時に違う方向を向いてたと思いますが…

  6. ロロ・トマシ より:

    こんにちは!以前、『ゴジラ(2014)』でコメントしました24歳の映画ファンです。
    私はドラえもんの漫画全45巻を小学生の時に買って以来のドラえもんファンです。今回の映画は原作になぞっているので話が面白くないわけがありません。問題は物語の構成の仕方です。
    映画の感想はほぼヒナタカさんと同じなのですが、私の場合大きな不満点があり、そのせいでこの映画に対する評価を大きく下げてしまいました。
    それは「ジャイアンの扱い」です。
    映画の後半、ジャイアンはドラえもんに頼らないのび太をメッタメタのギッタギタにします。さらにドラえもんを失ったのび太に対し「ドラえもんを見た」と残酷な嘘をつきます。
    この流れは原作通りで良いのです。しかし、映画はドラえもんが帰ってきたところでパタリと終わります。このままではジャイアンは単なる悪い嫌な奴で終わってしまいます。何かオリジナルでも良いので最後にフォローを入れるべきだと感じました。
    ジャイアンは自分勝手でわがままだけど凄く良いヤツです。妹想いですし、人情味あふれています。特に「ドラえもんに休日を(35巻)」は大好きな話です。また大長編になるとさらにカッコ良くなるようなヤツです(例:のび太の大魔境)。
    今回の映画は「帰ってきたドラえもん(7巻)」の話で終わらせたために「ジャイアンが悪者」のままで終わってしまいました。この時点で「キャラクターに対する愛が欠如した映画だな」と感じてしまいました。素晴らしい原作を詰め込めば良い映画ができるわけではありません。問題は物語の構成の仕方です。

  7. ヒナタカ より:

    みなさん、コメントをありがとうございます。
    原作のドラえもんファンからはいろいろと厳しい意見もありますね。
    >ロロ・トマシさん
    > それは「ジャイアンの扱い」です。
    > 映画の後半、ジャイアンはドラえもんに頼らないのび太をメッタメタのギッタギタにします。さらにドラえもんを失ったのび太に対し「ドラえもんを見た」と残酷な嘘をつきます。
    > この流れは原作通りで良いのです。しかし、映画はドラえもんが帰ってきたところでパタリと終わります。このままではジャイアンは単なる悪い嫌な奴で終わってしまいます。何かオリジナルでも良いので最後にフォローを入れるべきだと感じました。
    > ジャイアンは自分勝手でわがままだけど凄く良いヤツです。妹想いですし、人情味あふれています。特に「ドラえもんに休日を(35巻)」は大好きな話です。また大長編になるとさらにカッコ良くなるようなヤツです(例:のび太の大魔境)。
    > 今回の映画は「帰ってきたドラえもん(7巻)」の話で終わらせたために「ジャイアンが悪者」のままで終わってしまいました。この時点で「キャラクターに対する愛が欠如した映画だな」と感じてしまいました。素晴らしい原作を詰め込めば良い映画ができるわけではありません。問題は物語の構成の仕方です。
    これは自分も観たときに感じていました。
    未来のジャイアンがいいやつだっただけに、違和感が……原作でもあのときのジャイアンはいやなやつでしたが、ここは配慮がほしかったですね。追記させてください。

  8. 匿名 より:

    初見では気持ち悪さに吐きそうになりながら、カゲヒナタさんが推し気味なので、さらにもう一度見て、やはり泣きエピソードばかり集めた気味悪さに苦痛しか感じず、無理に良いとこらを探すのはあきらめました。

  9. 匿名 より:

    某隣国ばりになに食わぬ顔をして色んな所から本当にそのまんま持ってくるのがこの監督のお家芸なんですが、やはり今回も平常運転だったようですね

  10. 七篠権兵衛 より:

    >それは「ジャイアンの扱い」です。
    >映画の後半、ジャイアンはドラえもんに頼らないのび太をメッタメタのギッタギタにします。さらにドラえもんを失ったのび太に対し「ドラえもんを見た」と残酷な嘘をつきます。
    >このままではジャイアンは単なる悪い嫌な奴で終わってしまいます。
    大山ドラえもん時代に、帰ってきたドラえもんが映画化されたことがありまして(南海大冒険と同時上映)、
    この時は、最後に謝罪に来たジャイアンとスネ夫が、
    ドラえもんが帰ってきたのを一緒に喜ぶというシーンがありまして、
    原作には無かったシーンですが、こういう改変があっても良かったように思いますね。

  11. ホラー映画大好きウーマン より:

    どうも、いつも楽しくレビューを読ませてもらっています。
    もう「STAND BY ME ドラえもん」を映画館で見たのはだいぶ前になりますが、レビューを見ていたら、当時のムカムカとした感情が蘇ってきました(;^_^)
    これは私が女なので余計に不快に感じた部分なのかも知れませんが、漫画やアニメを見ていても感じた事の無かったのび太に対する男としての(少年ですけども…)不快感が、とにかく、凄いんですよ!この映画。
    記事の中でおっしゃっている刷りこみたまごのエピソードがその典型ですが、あの話のオチは反省というよりも、のび太はしくじった!出来杉め!と悔しがるだけです。悪い事はできねーなーくらいには思ったのかも知れませんが。
    一話完結の原作ならギャグですからまだいいのですが、この映画は、そのたまご話の不快感を引きずったまま特にお咎めも無く淡々と総集編が進行してしまうので、のび太を選ぶしずかちゃんも、なんだかひたすら都合のいい存在だなぁと冷めた目で見てしまうのです。
    あまりにも、この3D映画ののび太に人格的な魅力が感じられないんですよ。
    酷い目にあってものび太を救い与えるばかりの聖人のしずか、人格が救いようの無いクズである欲豚のび太の組み合わせではバランスが取れないし、まず共感が出来ませんよ。
    子供とは思えない程の正義の人であり、ド正論でのび太に成長の機会を与えてやる出来過くんは
    ハンサムで勉強が出来るから、彼が粗末にされる事で同性の鬱憤を晴らせる存在なのかも知れませんが
    ルックスや知能が最低レベルだとしても、あののび太よりは遥かに人間的に魅力のある存在ですよね。
    のび太も子供ですし、駄目な子として共感を得られるよう存在するキャラクターですから
    原作同様に人格が飛びぬけて優れている必要はまったく無いのですが
    ただでさえのび太の描写の取捨選択が必要な中、このエピソードをチョイスする必要あったんでしょうかね。
    ドラえもんを長年見てきた人間ですら
    こういう不愉快な思いをのび太に抱いてしまったのですから
    1本の映画の中で、もっときちんとのび太の良い所を描かないと駄目ですよ。それこそ長編映画ののび太ばりに。
    何をやってもだめ、性格も悪い、モラルもない、好きな女の人格を奪う卑怯な事をしても特にお咎めなし
    どこかで劇的に成長したわけでもない、良い所の描写も特にない、いやしくてだらしない
    人として良い所がひとつもないのび太が、ドラえもんという能力を手に入れて女を追い詰めていき(そのようにしか見えない)
    「何も出来なくて心配だから」と、正義の男を振ってまで選ばれる
    そんなドラえもんは見たくないのですよ。女に意思も何もないお手軽ハーレム萌えアニメじゃないんですから…。
    雪山のシーンで多少のび太描写の酷さを払拭しようとは思ってたんでしょうが
    体調の悪いしずかを冷たい雪の中に沈めて横たえたままブツブツ言ってるシーンも
    何やってんだこのボケ、と思わず口に出しそうになる位フラストレーションが溜まりましたよw
    しずかが良い子で可愛い所が強化してた分だけ、対比としてのび太への不満や描写の酷さが際立つんですよね。
    本当にバランスが悪いです。この映画の感想としては、のび太気持ち悪い(いろんな意味で)しずかちゃん可哀想(いろんな意味で)しか無かったですよ。。。
    原作や映画ではごく当たり前にのび太に共感してきた日本人の女の私が
    あの映画1本でのび太への不快感がMAXになってしまうのだから、もしドラえもんの予備知識が殆どない外国の方々があれを見せられてしまったら、なんでこのKUSO・MEGANEがまともな男(出来杉)を押しのけて選ばれるんだ?やはりジャパンは~男尊女卑のご都合主義の~女が自分の意思を持たないお人形さんでしかない~ってな事まで思われる危険性を秘めてるデンジャラスな映画だと思ってます(^_^;
    それだけ感情の流れに共感出来る所が皆無なんですよ、この映画は。出来るだけ海外に出して欲しくないですね。純粋に話として駄作だし、日本がまた変に誤解されそうですし、そもそも日本でも、国民的アニメの3D化うんぬんといって大々的に公開しちゃ駄目な一品だと思っています;
    感情の流れに説得力がありませんので、万国に通じる映画どころか
    日本でもご都合主義の不自然な総集編にしか見えないわけですが
    それでも日本ではまだ思い出補正で何とかなってる人や、苦しい擁護や無理のある絶賛をしてる人もいますからね。
    エンディングや動きの部分で、うわっつらだけピクサーを真似してもなあ。
    個人的にピクサーの長所は「態度価値」の丁寧な描写と、真摯に作り上げた脚本であると思っており
    生きていくうえで大事な考え方を再確認させてくれたり、万国共通の感動を呼ぶからこそ国の垣根を越えたヒットが生まれるのでしょうし
    ピクサー作品郡のストーリー作りの部分こそ参考にして欲しかったですね。まーず、無理でしょうが…。
    結婚前夜のくだりにも、今までとは真逆の感想を抱いてしまって
    なんだか本当に残念な気持ちになり、見るんじゃなかったなあ…としみじみ思い
    連れの、なんだか安っぽいし忙しい映画だったね。という感想に心のそこから共感し映画館を後にした作品です…。

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著者

ヒナタカ

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