
『ザ・コーヴ』は“観る価値のある”問題作だった(映画ネタバレなし感想+微ネタバレレビュー)
現在公開中の映画『ビハインド・ザ・コーヴ〜捕鯨問題の謎に迫る〜』のレビューの前に、まずはこいつを紹介します。
海外からは大好評ながら、日本人から蛇蝎のごとく嫌われている『ザ・コーヴ』(製作:2009年)を。
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個人的お気に入り度:1/10
一言感想:圧倒的に気持ち悪い(意見の押し付けっぷりが)
あらすじ
和歌山県・太地町にある小さな入り江ではひそかにイルカ漁が行われていた。
かつてテレビシリーズ『わんぱくフリッパー』で活躍した元イルカ調教師のリック・オバリーは、厳戒態勢の中、その実態を隠し撮りしようとする。
本作は公開当時の2009年に大騒動を起こしていました。
知らない方のために、かいつまんで言えば……
・イルカ愛好家「日本には、あんなにかわいくて賢いイルカを殺している地域があるんだ!ゆるさん!」
・その入江でのイルカ漁の様子を盗撮
・その盗撮+映像編集のおかげで、「日本のイルカ漁をしている人」が完全に悪者化した映画が完成
・映画は世界中で大絶賛され、あろうことか第82回アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞を受賞
・日本からはもちろん大ブーイング。日本での公開中止運動が起こった。
この『ザ・コーヴ』は、絵に描いたようなプロパガンダ(政治的宣伝)映画なんですよね。
イルカが大好きで仕方がない人たちが、イルカ漁の様子を残酷に描いて、その様子を盗撮する自分たちを正義であると肯定して、それを世界中に訴えるっていう。
結果的にこの映画は世界中から注目され、アカデミー賞も取って大成功!なわけ。
で、その前提を知って(知らなくてもいいけど)観ると本気でこの映画は本気で気持ち悪いことになっています。
自分がとくに問題だと感じたのは以下です。
(1)イルカ漁をしている側の視点がない
本作にはイルカの漁師たちの意見が一切ありません。まったくもって問題の相手側の主義主張がないのです。
(強いて言えば水産局の方には意見を聞いているのだけど、歯切れの悪い返事に「疑い」の目をもたせるということにしか機能していない)
たとえば銃社会を批判した『ボウリング・フォー・コロンバイン』は銃推進派に意見を聞いて、論理的に揚げ足をとろうとする(これもヤラシイけど)のですが、本作では制作側が意見を押し通しまくるだけです。
(2)イルカが賢い=殺しちゃかわそうという意見を丁寧にゴリ押し
映画の主人公リック・オバリーは、『わんぱくフリッパー』というテレビシーリズで有名になった元イルカ調教師です。
長年生活をともにしたイルカを大切に思う気持ちはわかるのですが、作中ではことあるごとに「イルカは人間並みに賢いんだ!だから殺すべきじゃないんだ!」という主張を、あらゆる例を元にゴリ押しをしようとします。
だったら「人間は牛や豚も食べているけど、そっちは賢くないから殺してもいいのか?」という疑問が湧くのですが……それについてこの映画は(3)の問題に逃げます。
(3)水銀の問題は考えを正当化するための言い訳にしか思えない
作中では「イルカに含まれているの水銀の量がヤバい!これは水俣病の再来だ!」と主張する場面があります。
実際、食物連鎖の頂点に立つイルカは、ほかの魚介類に比べて水銀が多く含まれていることは立証されています。
だけどそれは急性中毒を引き起こす量ではないと証明されているし、工業廃水による汚染により引き起こされた水俣病とはまったく関係がないのです。
水俣病の映像を流される場面は本気で気分が悪くなりました。
(ただし、イルカの水銀値は「将来的に健康への影響はない」と推定されている程度で、まだあやふやなところがあるようです。双方にとっての問題でしょう)。
ふつうのドキュメンタリーはあらゆる点から問題を考えるのだけど、本作では自分たちの意見をゴリ押ししてばかりなんですよね……。
さらにタチが悪いのは、映画としてはおもしろいことです。
↓以下からは微ネタバレが増えるので、未見の方はご注意を
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chat_bubbleコメント
観ていないものを論ずるのも難なのですが、ヒナタカさんの記事からするに、プロパガンダ映画としては秀逸なのでしょうね。その側面から評価するならば優れているのかもしれない。でもドキュメンタリー映画としては失格。
私が割と評価している映画に『ボウリング・フォー・コロンバイン』があるのですが、これはプロパガンダ映画でありながらドキュメンタリー映画としてもエンタテインメント作品としても優れていたと思っています。
例えばNRAとKKKを結び付けたところで両者が無関係であることを自ら明らかにしている。
例えば各国の銃による年間死亡者数が表示されるが、それぞれの国土面積や人口の比率に関しては触れていない。
でも嘘は言っていないし、しかし印象には残る。
ただ、私はこうも解釈しています。
敢えて非ドキュメンタリー、偽りの内容にすることで、意図的に日本人の賛同を避けているのではないか。
仮に本作が『ボウリング』並に嘘を排除していたとして、そうなると、たとえその内容がプロパガンダ的であったとしてもグゥの音も出せなくなります。私のように『ボウリング』を評価する人ならば、恐らくはその作品も評価したと思う。
でも、日本人に賛同して貰っては宜しく無い。日本人からは、ひたすら批判の声を上げて貰いたい。そうすることで、「コーヴ vs 日本」という図式がより鮮明になり、世界にアピールできる。
これ、極めて高等な政治的戦略ですよ。
アカデミー賞に過去最大級の失望をした愚作です。
余談ですが対抗馬だった「フード・インク」の方が評価高いそうですが、こちらも「食料生産の工業化=悪」「自然食品=善」な極端な構成でした。
FIFAよりも当時の審査員捜査しなさいよ。国際警察。
>(4)映画としてのつくりはうまい
これでフィクションのジョーク映画ならなあ・・・。
あと各分野のプロフェッショナルな人達がこの“犯罪”に協力していて、学生時代、隠し芸を奇跡と呼ぶ様子を馬鹿にしていた「オウム真理教」が、実は高学歴で多種多様な専門知識技能に通じた“エリート”な人達だと知った時のような戦慄を覚えました。
オーシャンズは各人様々な理由あれど“私欲”の為ですが、彼らは“善意”なのが尚更恐ろしいです・・・。
>「警察がいるぞ!丸まって日本人のフリをするんだ!」
>いまは彼ら(入江の人たち)に命を狙われているんだ。おおげさに言っているんじゃないよ!彼らは私を殺すことくらいできるさ!
任意同行すら求めずホテルのロビーで「昨夜、入り江に行きましたか?」「行ってません」で、済ませてくれるほど激甘なんですけど、地元警察・・・。
というか警察官へ虚偽の証言してる証拠影像を世界中で公開して偉業を成したドヤ顔って時点で正気じゃないです。
>実際に撮影に対して激昂する太地町の人たちが出てくる。
キレていたお兄さんも執拗な挑発を受けていて、キレた所だけ上映されたそうですね。
>(7)観る価値はある映画だった
最近、不愉快だし人にはとても勧められませんけど、本当に価値有るというか観て置くべき!と言える作品に出合います。
(カゲヒナタのレビューで興味を引かれた作品も多いです)
「ビハインド」は劇場で観れそうにありませんが観ておきたいです!
>これをアイデンティーの確立していない子どもが観るのは大変危険です)。
「有害都市」のコミック狩りをする子ども達を思い出します。
毒親育ちさんからのコメントを待っていました(あんまり返信していなくてごめんなさい、毎回楽しみにしながらコメントを読んでおります)。
> 余談ですが対抗馬だった「フード・インク」の方が評価高いそうですが、こちらも「食料生産の工業化=悪」「自然食品=善」な極端な構成でした。
『ビハインド・ザ・コーヴ』にもこのの話題が出ていました。「「フード・インク」の内容はアメリカ政府にとって都合が悪かった」と。
> オーシャンズは各人様々な理由あれど“私欲”の為ですが、彼らは“善意”なのが尚更恐ろしいです・・・。
あ〜これもひどいプロパガンダがあると聞いています。
> 任意同行すら求めずホテルのロビーで「昨夜、入り江に行きましたか?」「行ってません」で、済ませてくれるほど激甘なんですけど、地元警察・・・。
> というか警察官へ虚偽の証言してる証拠影像を世界中で公開して偉業を成したドヤ顔って時点で正気じゃないです。
アカデミー賞の選考委員はこういうところに気づかなかったんでしょうか・・・。
> >(7)観る価値はある映画だった
> 最近、不愉快だし人にはとても勧められませんけど、本当に価値有るというか観て置くべき!と言える作品に出合います。
> (カゲヒナタのレビューで興味を引かれた作品も多いです)
> 「ビハインド」は劇場で観れそうにありませんが観ておきたいです!
自分は毒親さんが酷評&年間ワースト1にあげていた「レフトビハインド」が気になってしかたがないですw
> >これをアイデンティーの確立していない子どもが観るのは大変危険です)。
> 「有害都市」のコミック狩りをする子ども達を思い出します。
ああ本当に・・・あのときの海外翻訳者の「君たちに怒っているわけじゃないんだ」というセリフが好きです。
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