『アズミ・ハルコは行方不明』最高の復讐とは……(ネタバレなし感想+ネタバレレビュー)

『アズミ・ハルコは行方不明』最高の復讐とは……(ネタバレなし感想+ネタバレレビュー)

今日の映画感想はアズミ・ハルコは行方不明です。

個人的お気に入り度:9/10

一言感想:これこそフェミニズム映画!

あらすじ

無差別で男をボコる謎の女子高生ギャング男が暗躍する地方都市で、突如謎の女の顔のグラフィティアートが大量に現れた。
そのグラフィティーアートは、28歳のOL・安曇春子(蒼井優)の捜索願いを元に作成されていたのだが……

山内マリコによる同名小説の映画化作品にして、『私たちのハァハァ』や『スイートプールサイド』など、低予算でも評価の高い作品を多く手がけることに定評のある松居大悟監督の最新作です。

本作の魅力については、以下にもたっぷりと書きました↓
『アズミ・ハルコは行方不明』を観てから2016年のベスト映画を決めないといけない5つの理由 | シネマズ by 松竹

もうね、断言できるけど本作は賛否が分かれまくるよ。
主な好き嫌いが分かれるポイントは以下になります。

  1. 出てくる男はDQNな若者かセクハラクズオヤジばかり
  2. 3つの異なる時系列の物語を同時並行で描く
  3. リアリティのない(ファンタジーめいた)展開がある
  4. 物語の着地点

4.はネタバレになるので↓に書きますが、これがもっとも納得がいかない方が多いかも……。
この映画に圧倒的に肯定派な自分は、この着地点こそが好きなんですけどね。

大嫌いな人種しか出てこねえ!

えーとね、本作は個人的に大嫌いな人種ばっかりが出てくるのですよ。

「マジ◯◯じゃね〜」とかヘラヘラしている若者とか死ぬほど嫌いだし、
男尊女卑の偏見に満ち満ちたクズオヤジは『キングスマン』みたいにもれなく吹っ飛べと思いますし、
あまつさえみんなが大好きな高畑充希でさえも頭が軽そうなギャルを演じているんですよ!

それだけじゃあない。中にはビデオ屋のバイトでくすぶっていて先輩に怒れらてばかりという「俺たちの味方だ!」と思えるキャラもいるのですが、こいつですら「マジやべえぜ!」とかほざいて街中で落書きをしまくるという犯罪行為を繰り返すのです!


※こいつらは人をムカつかせます。

しかも、劇中には女子高生たちがその辺の男を「JKだよ~」と挨拶をしながらボコるという「少女ギャング団」が暗躍しているんですよ!
もはやこれはムカつくムカつかない以前に、「そんなのいるわけねーじゃん!」とリアリティのなさが気になる方のほうが多いんじゃないでしょうか。

そんなわけで観ている間はストレスが半端ないことになっています。
大嫌いな人種が大嫌いな行動ばかりをする、これは何の拷問かと思ったくらいです(※褒めています)。

でも、こうしたクズ野郎どもの暗躍があるからこそ、「普通」な役柄の蒼井優が愛おしく思えてくる、というのもまた事実。
何より、本作の伝えているメッセージには、このムカつく登場人物の描写が必要不可欠なんですよね。

ある大きなカタルシスを届けるために、あえて不快な描写をする。
本作が賛否に分かれる、また志が高い作品になっているのは、それが理由なのです。

あ、そうそう、太賀葉山奨之石崎ひゅーいが、三者三様のクズ男っぷりを見せつけてくれて最高でした。殴りたかったよ!(※褒めています)

映画版では描かれなかった「映画」

原作では、『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』と『スプリング・ブレイカーズ』という映画が重要なモチーフになっていましたが、今回の映画ではほとんど描かれていませんでしたね。
どちらも本作の内容に沿っているので、合わせて観てみることをおすすめします。

閉塞された場所から解き放たれる?

もう1つ重要なのは、本作が閉塞感の漂う地方都市を舞台としていることです。

「簡単にはどこかに行けない」「ここに住むしかない」という登場人物の「諦め」が、作中で起こる事件の引き金になったのかも、と思わせます。
この映画は、そうした閉塞感をぶち破ってしまう、ある種の爽快感に溢れている作品でもあるのです。

PG12指定で性的な話題や犯罪行為もてんこ盛り。
何度も言いますが、本当に好き嫌いの分かれる作品です。
でも、だからでこそ、おすすめします。

以下は結末を含めてネタバレです。鑑賞後にご覧ください。原作との違いにも一部触れています↓

このクズ上司、殴りたい

いや、本当に職場のクズ上司の言動と行動は最悪(※褒めています)でしたね。

セクハラ発言の数々も5~6回はぶん殴りたくなりましたが、
先輩社員が昼食のために席を外すとそそくさと席を移動してタバコを吹かせたり、
女子社員には10万円代しか給料をあげていないのに自分たちの収入が月100万円だったり、
「男は高い給料をあげないといかないから面接しないよ」とかほざいたり、
いざ雇った若い女の子に「手書きで書いてね~誠意が伝わるからね~」と頼んでいる滑稽さはもはや笑うしかなかったです。

で、そんなクズ上司どもは、先輩社員がブルキナファソで恋人と暮らすことを決めたことを言ったら、彼氏がフランス国籍ということだけで「負けた……」と思ったんですって。
バーカ!お前ら2人ともバーカ!先輩社員の言う通り、こいつらが偏見野郎でよかった!

少女ギャングチームに入ってもいい

少女ギャングのリーダーと春子が出会った時のセリフは、原作と映画では異なっています。

原作では、少女ギャングのリーダーのほうが「女子高生じゃなきゃ(ついてきちゃ)ダメ」と言っていましたが、
映画では、春子のほうが「私、女子高生じゃないし」と言ってから、リーダーが「そう」と返して、少女ギャングたちが去っていくのです。

原作のほうは「若い女性(女子高生)だけがファンタジーな暴行ギャング団に加われる」のだけど、
映画では「自分さえよければ少女ギャング団に加わってもいいよ」という「許可を求める」方向に変わっているのです。
「年齢だって関係ないよ」というくすぐりを入れてくれる、映画のほうが好きですね。

私が人妻だったら……

春子が、曽我に「私が人妻だったら、浮気してくれる?」と執拗に聞くのも、原作にない映画オリジナルのシーンでした。

春子は、「じゃあ、セックスでもしますか」と軽ーく曽我に聞いていたのですが、実のところ「本気」だったのだと思います。
(この時に、「すぐヤらせてくれっからよ」と言われていた愛菜のセックスシーンがかぶさるのが切ない……)

閉塞した地方都市、認知症を抱えた母、職場でのセクハラと薄給、せっかく仲良くなった先輩写真もブルキナファソへ旅立つと……春子もまた、今の現状から抜け出したいと思うことは明白です。
春子にとって、フリーターで廃屋のような屋敷に住んでいる曽我でさえも、「どこかに連れていってくれる」希望であったのでしょうね。

全然違う!

学は少女ギャング団にボコられた挙句に警察に捕まりますが……
釈放された後は、遊園地のアートディレクションに関わることができて、新聞にも「新鋭アーティスト」的な取り上げられ方をされて。結果オーライみたいな感じになります。
観ているこっちがふざけんなコラア!と思っていたら、ぜんぜんそのアート展には人が集まりませんでした。ざまぁ!

「思っていたのとぜんぜん違え!」「ぜんぜん違えよ!」と絶叫したユキオと学は、「就職しないとなあ」と言いつつ解散するのでした(原作では、2人は2度と会うこともなかったと書かれています)。

この結末を見て「クズ男のユキオも少女ギャング団にボコられたらいいのに!」「こいつら結局しっぺ返しを受けてねえじゃん!」と憤慨する方も多いでしょうが、自分は愉快痛快で仕方がなかったです。
だって、「お前らがすげえと思ってやったこと(町中に落書き)は結局大したことがねえんだよバーカ!」っていうことを示してくれるんだもん。

学が女子高生にボコられる(DOWN)→警察に捕まる(DOWN)→よくわからんプロデューサーに提案される(UP)→ユキオも加わってキルロイ(チーム名)復活!(超UP)→人がぜんぜん来ませんでした(超DOWN)って、最高の上げて落とすでしょコレ。
と言うよりも、学はプロデューサーに提案された時からアート展の開催まで、まったくもって腑に落ちない顔をしていたので、「そもそも始めっから違った」「上がったのはみんなで落書きをしていたときだけ」とも取れますね。

※以下のコメントをいただきました。
学はなし崩し的に遊園地再生事業としてあの絵を堂々と描くんですが、ここでの学の顔を見たらヒナタカさんの言うようなとても出世したなんて思えなかったです。
むしろ危険とスリルと隣り合わせで挑んでいたあの『創作活動』とは「あれ…何か違うぞ?」と言う違和感全開の顔でした。
そしてその違和感はあのオープン日に確信に変わるわけです。『こんなの俺が目指した芸術じゃねえ!』
僕はあのシーンは嘲笑ではなく間違っていたとしても「燃えたぎっていた情熱の終焉」を想像して不思議と涙が出てきました。
他作と比較するのは無粋ですが僕は「何者」よりもある意味青春の終わりと人生の始まりすら想像できましたし
まして学は前科持ち、「キッズリターン」のように荒波の人生が待っていたとしても向かわなけりゃならない虚しさすら感じました。

ついでに、ユキオと学が大活躍している記事広告を見て嫉妬に苦しむ愛菜も滑稽でしょうがないですよね……。
「Love菜」というイタいハンドルネームで男を釣ろうして(しかもやってきたのは嫌いな元同級生)、ビール缶のプルタブを立てるためにおしゃれな付け爪を外して呑んだくれ(映画オリジナルの素晴らしすぎる描写)、夜な夜な遊園地に忍び込んで火をつけるのですから。
いや、その行動マジで意味ねーから!

最高の復讐

落書きに火をつけた公園で……愛菜はそこにいるはずのない春子と会話をします。
春子は、「死にたい」と口にする愛菜に「優雅な生活が最高の復讐である」というスペインのことわざを教えてくれました。

本当にその通り。
春子の職場のクズ上司は、職場の先輩に「負けた」と勝手に思って悔しがっています。
春子がなんとか恋人になろうとした曽我だって、どうしようもないダメ男です。
愛菜が復讐しようと思ったユキオと学だって、その行動が全てムダだったという現実を突きつけられています。
そんなしょーもないクズ男たちを恨んだって、どーにもなりません。

それよりも、(ちょっと遅いけれど)オープンカーに乗って、海に遊びに出かけたほうがよっぽどマシです。
現実で疾走していた春子は、キャバクラでの愛菜の先輩だった(春子の同級生でもある)今井さんと共に住んでいて、まさに海に行こうとしていたのです。

そういえば、春子は曽我のボロボロの家にあった海の絵を見ていましたが、その絵は無残にもゴミとして捨てられていましたね。
そんな空虚な絵を見るよりも、実際に海に行くなんて簡単なことですよね。

愛菜が、笑顔の春子を見て「はじめまして」と挨拶するラストは爽快感に溢れていました。
これから、彼女たちの「最高の復讐」が始まりますものね。

映画

少女ギャング団は、春子と愛菜の会話を「映画」として劇場で観ていました。
その後に映されたのは、マシンガンで男たちを虐殺するというアニメ。
そして、彼女たちは外で待ち構えていた警官たちをも「ただの指で形作っただけの銃」で撃って倒し、どこかへ逃げていくのでした。

本作で訴えられているのは、あくまで「優雅な生活が最高の復讐である」です。
現実でも、それがもっとも正しい選択でしょう。

でも、たとえフィクションでも、女性を蔑視するようなクズ男たちにはしっぺ返しがあってほしいですよね。
少女ギャング団は、そんな男たちに(無差別かつ)物理的に復讐をするファンタジー的な存在。それは警官にだって防げない。
現実にはありえないけど、こういう存在がいてもいいじゃないか。これは「映画」なんだから。

そんなことを受け取れる、最っ高に爽快なシーンでした!泣けたよ!

(C)2016「アズミ・ハルコは行方不明」製作委員会

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  1. 毒親育ち より:

    なんだろうこのモヤモヤ・・・
    >ある大きなカタルシスを届けるために、あえて不快な描写をする。
    >本作が賛否に分かれる、また志が高い作品になっているのは、それが理由なのです。
    そうだったのか!本作へのモヤモヤした思いの正体をありがとうございます!
    大事なことを伝えるためにあえて「不快」な描写を用いる意味とその力を思い知らされました。

    >一言感想:究極のフェミニズム映画!
    自分は本作をフェニズム映画とするには違和感を感じます。また予告から「女尊男卑」とするのも違とも。
    そこで思い出したのがヒナタカさんの『紅の豚』レビューでした。
    カッコイイ女達とバカだけど愛嬌有りイザという時は極める男達が出て来て不快に男女ともに痛快な名作です。
    また男性がクズだらけだけど、女性達がカッコよかった傑作女性同性愛者映画『キャロル』。女性同性愛者カップルを理解し切れずとも友達として支える男性出てくる『ハンズ・オブ・ラヴ』なども思い出しました。
    それらの作品と違い、本作はクズな男性達だけでなく、女性もまた愚かなダメ人間揃いなんですよね。厳しい事を言わせてもらうと彼女達の境遇は自業自得な所が有ります。
    ダメ男の曽我に振り回されていたり、ブラック職場に現状に悶々としながら現状に甘んじる春子も結局は祖母とその介護に苦労する母捨てて「優雅な暮らし」の為に失踪していました。
    物質的な被害を他者に及ぼしていた自分の犯罪行為を棚に上げて自身の被害者意識だけの愛菜は男性を観た目や雰囲気だけの直感だけで評価していたからこそユキオのようなダメ男に振り回されたのではないかと。あの見た目が気持ち悪い同級生にもう少し向き合ってみれば生涯の伴侶となれたかもしれません。
    また今井先輩の結婚生活の破綻も彼女の口から語られた旦那さんの落ち度だけです。逃がした魚は大きかった・・・なんて事にならないと良いけど・・・と意地悪な事も考えてしまいました。
    本作でカッコヨサを感じた女性は吉沢先輩だけかな・・・。

    本作を「フェニズム映画」として評価する人達は『アズミハルオは行方不明』だったらどう評価していかが気になります。

    >大嫌いな人種しか出てこねえ!
    >それだけじゃあない。中にはビデオ屋のバイトでくすぶっていて先輩に怒れらてばかりという「俺たちの味方だ!」
    ここはちょっと学に同情してしまいました。嬉しかったのでしょね。鬱屈した毎日の中で、ユキオや愛菜という一緒にヒャッハー出来る!友達が出来た事が・・・。

    >このクズ上司、殴りたい
    ここ凄い鬱になりました。自分の職場ではありませんが、こういう経営者、本当に居ます。田舎の中小企業の二~三代目には・・・。
    先日、よく出入りしている業者さんの社長さんだという若い人が挨拶に見えたのですが「あれ?あそこ代替わりしたんですか?いつも来る社長さん引退したんですね」と上司に聞いたら「とっくにだよ。もう何年だ?一応引退した親父さんが全部やってたんだけど、こないだとうとう倒れちゃって、いよいよボンボンが表に立たなきゃならなくなったらしい」「というか、オマエこそしっかりしてくれ。契約書の代表者名と名刺の名前が違ってるのも気付いてなかったのかよ・・・」と思わぬ藪蛇を引いてしまったり・・・。
    そしてその会社、二代目になってからワンマンブラック化が著しく、本作のように実質会社を支えている社員を蔑にしまくっていて、ガタガタらしいです・・・。

    >最高の復讐
    >「優雅な生活が最高の復讐である」
    この一言のために散々イライラしながら二時間耐えた価値はありました!
    余談ですが、『聲の形』の開き直りクズのおかげで「ああ、少年法に守られてるうちにアイツの顔面バットで潰すか、夜中に忍び込んでガソリンぶっかけて火を付けてやれば良かったかもな・・・」と、火種が燻り始めた過去の怨みが鎮火されました。

    先日、あるお母さんの子どもを育てる為に働く事の困難さから出た「保育園落ちた日本死ね」という言葉が本年度の流行語大賞を受賞し、賛否の物議を醸しています。
    個人的に私は自分の暮らす日本という国に嫌な所も多々有れど、今の所好きな所の方が上回っていますので、この言葉を吐いたお母さんの境遇は察すれど正直な気持ちは眉を潜めざるを得ないものです。しかしこれを擁護する人達からは「礼儀を尽くし、相手の気持ちを慮った言葉で伝え続けて無視され続けてきた結果吐かれた言葉だ」という意見がありました。
    また今年は「暴言王」と呼ばれたドナルド・トランプ氏がアメリカ次期大統領となってしまいましたが、氏の下に集まったのは「正しさ」によって否定され、口を塞がれた人達だという分析があります。
    個人的に大嫌いですが、日本の政界でも同様に物議を醸しながら注目を集める人に山本太郎議員が居ます。「注目されなければ存在すら気付いて貰えない」元俳優という芸能界で培った経験と手法を政治の世界で発揮し、その政治パフォーマンスは他方で非難轟々を浴びながら熱烈な支持者も集めて大政党の安泰の為に有るような選挙制度の中で無所属で議席を勝ち取った人です。
    汚い・・・正しくない・・・不快だ!を嘗めてはいけないという事を本作は再認識させてくれました。

    しかし・・・
    >全然違う!
    >釈放された後は、遊園地のアートディレクションに関わることができて、新聞にも「新鋭アーティスト」的な取り上げられ方をされて。結果オーライみたいな感じになります。
    学を訪ねたディレクターは「君達のやった事は確かに犯罪だが、正攻法でがんばっても報われない表現者達ばかりな中で結果的に社会現象まで興して見せた」と評価していますが・・・

    >観ているこっちがふざけんなコラア!と思っていたら、ぜんぜんそのアート展には人が集まりませんでした。
    不快な描写をぶっかけまくって、その表現の意味と侮れない力を教えてくれながらも「でも、やっぱりそれは基本的に良くない事なんだ」と作中で最後に否定です!
    矛盾ではない、考えさせられます。松居大吾監督、おみそれしました。

    でも・・・そんな不快な表現に誠実な本作が、人気と実力を兼ね備えたキャストを起用しながら公開館数も興行成績も本作のアートディレクション並の結果だというのが悲しいです。
    (自分の観た劇場では15人くらい入ってましたけど)
    世の中に礼節が報われないと思っている人達。すんごいイライラさせられますけど、本作にその価値は有りますよ!?

    • hinataka hinataka より:

      >>本作が賛否に分かれる、また志が高い作品になっているのは、それが理由なのです。
      >そうだったのか!本作へのモヤモヤした思いの正体をありがとうございます!
      迷ったけど書いてよかった!

      > ここはちょっと学に同情してしまいました。嬉しかったのでしょね。鬱屈した毎日の中で、ユキオや愛菜という一緒にヒャッハー出来る!友達が出来た事が・・・。
      やはりそう思いますよね・・・彼の行動は肯定できないけど、同情するところはあるから。

      >不快な表現に誠実な本作が、人気と実力を兼ね備えたキャストを起用しながら公開館数も興行成績も本作のアートディレクション並の結果だというのが悲しいです。
      過度な表現が多いけど、だからでこそ観て欲しかったのですけどね。

  2. ラリーB より:

    ヒナタカさんと少々違う感想になってしまいますが、僕はむしろ葉山くん演じる学に感情移入して見てましたね。
    学が落書きと言う歪んだ形で自己を解放する姿は、ゲスいなあと思うと同時にメチャクチャ輝いて見えました。
    それまでうだつが上がらず抑圧された日々を送っていた人間が倫理的に正しい正しくないは置いといて己の思いを爆発させる。
    描き方次第では「ヒーローマニア」のような不快要素になりかねない展開ですが
    ここでの3人は間違いなく作中で文句なしに輝いて見えるんですよ!例え歪んでいたとしても。
    犯罪と自覚してユキオが尻込みし、更にユキオが引っ掛かったJKギャングによってこの歪んだ芸術活動は一度崩壊します。

    その後なし崩し的に遊園地再生事業としてあの絵を堂々と描くんですが、ここでの学の顔を見たらヒナタカさんの言うようなとても出世したなんて思えなかったです。
    むしろ危険とスリルと隣り合わせで挑んでいたあの『創作活動』とは「あれ…何か違うぞ?」と言う違和感全開の顔でした。
    そしてその違和感はあのオープン日に確信に変わるわけです。『こんなの俺が目指した芸術じゃねえ!』
    僕はあのシーンは嘲笑ではなく間違っていたとしても「燃えたぎっていた情熱の終焉」を想像して不思議と涙が出てきました。
    他作と比較するのは無粋ですが僕は「何者」よりもある意味青春の終わりと人生の始まりすら想像できましたし
    まして学は前科持ち、「キッズリターン」のように荒波の人生が待っていたとしても向かわなけりゃならない虚しさすら感じました。

    いやしかし、ここでの葉山くんは本当に上手い!「青空エール」での苦悩する優等生キャラともまた違った
    抑圧→解放→裏切り→終焉までの4つの顔を見事に演じきってました。
    僕の見方が特殊なのかもしれませんがこんな意見もあると分かっていただければ幸いです。

    • hinataka hinataka より:

      ラリーBさん、わざわざコメントありがとうございまーす!

      >その後なし崩し的に遊園地再生事業としてあの絵を堂々と描くんですが、ここでの学の顔を見たらヒナタカさんの言うようなとても出世したなんて思えなかったです。
      むしろ危険とスリルと隣り合わせで挑んでいたあの『創作活動』とは「あれ…何か違うぞ?」と言う違和感全開の顔でした。

      学はプロデューサーに提案されたときから違和感バリバリの顔でしたものね。
      すべておっしゃる通りというか、自分の書き方のまずさを思い知らされました。
      「形式的に」出世はしている、というつもりで書いていたのですが、それは違うと。
      ご指摘感謝です!大きく反映させてください!

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ヒナタカ

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