『アーロと少年』描いているのは人間の歴史そのもの?(映画ネタバレなし感想+ネタバレレビュー)

『アーロと少年』描いているのは人間の歴史そのもの?(映画ネタバレなし感想+ネタバレレビュー)

今日の映画感想はアーロと少年(原題:The Good Dinosaur)です。

個人的お気に入り度:7/10

一言感想:まさかのトラウマサバイバルホラー映画

あらすじ

6500万年前、もし地球に隕石がぶつからず、恐竜たちが絶滅しなかったとしたらー?

隕石が衝突から回避されてから数100万年後、3きょうだいの中でも体が小さな末っ子アーロは、臆病な性格のためにいつもからかわれていた。
ある日、アーロは父親から盗みの犯人を見つけ、殺すようにと教えられる。
アーロが見つけた犯人は、小さな野生児だったー。

※ちょっと思いついたこと&コメントをネタバレに追記しました(3月15日)

↑の日本版の予告編では「ひとりぼっちとひとりぼっち」「それは、初めての友だち」など、心温まる友情物語っぽいところがありますよね。
ところが海外版の予告ではちょっとだけ毛色が違うよ。


※本編のネタバレ注意。

めっちゃシビアじゃない?
似たシーンがピックアップされているとはいえ、どちらかというと海外版のほうは「大自然の中で生き抜くこと」という過酷さが表現されているかのようです。

本編の内容とどちらの予告が合っているかといえば(どちらも間違いではないですが)、後者なんですよね。
この映画、パッと見の印象とは違って、大自然で生きて行くサバイバルの要素があるだけでなく、子どもにはトラウマになりかねない残酷な描写まであったりするのです

物語自体は主人公と、その相棒となる者が、故郷へ帰るための冒険をしていくシンプルなもの。ロードムービーのような印象もあります。
そのもっとも大きな魅力は、3DCGアニメで、雄大な自然の美しさを描き出したことでしょう。

アーロと少年大きな自然

アーロと少年夕方駆ける

それはまるで、広大なアメリカ大陸を旅行しているかのよう。
3DCGは下手をすれば無機質で味気ない、ある意味で自然とはもっとも縁遠いような技術であるのに……ここまでの「美しさ」にこだわった作りに感動しました。

ところが、その美しいはずの自然は、土砂崩れや嵐などで突如牙をむきます。
自然は生きる者にとって必要であるが、脅威にもなる。
その中で生きなければならない―
という、自然そのものを描いているのです。

しかも過酷な描写はそれだけではありません。
下手すれば子どもが泣くんじゃないかと思うほど、いろいろなところをぶつけたり、大きな傷を負ったり、命が奪われたりと、流血一歩手前までの残酷さがあるんです。

この「自然の過酷さ」「残酷な世界」がしっかり描かれていたことこそが、自分が『アーロと少年』でもっとも気に入ったところです。
ストーリーはシンプルだけど、味付けは少々辛め。決して「王道」だけでは終わらせない、ディズニー/ピクサーならではの工夫がありました。

また、「語り過ぎない」演出もいいですね。
この映画では恐竜のアーロはしゃべれるけど、人間のスポットはしゃべれません。
つまりアーロはなんとか言語以外でコミュニケーションを取るしかないのだけど、ここで「言葉がない」ことこそが感動を呼ぶ、という巧みな演出がなされています。

本作のメッセージはストレートに語られる一方で、「本当に伝えたかったこと」は語ることなく、観客に届くようになっている。このバランスも見事です。

「王道」であるがゆえの難点も?

難点はあまりに「王道」な作品であるため、多様な広がりを見せる物語を期待する方には向かない、ということでしょうか。
ストーリーそのものは、ピクサー作品の中で高く評価する方は少ないのかもしれません。
いままでのピクサー作品とかぶっている(定石通りのつくりになっている)ところもあるので、新鮮味はあまりないのかもしれません。
上映時間が93分と短めということもあり、物足りなさを感じる方もいるでしょう。

しかし、王道であるからこそ作品のテーマはストレートに伝わってきます。
王道の中にも、隠された数々の「メタファー」を考えると、よりおもしろく観ることができるはずです。

たとえば、この物語は人間の開拓の歴史を描いている、とも考えられます。
そもそもの設定は「恐竜が絶滅せずに生き残った」というもので、恐竜が進化を続けて賢くなり、まるで人間のようなさまざまな知恵をつけてきた、という描写があります。
これをかつての人間の歴史と照らし合わせると、おもしろく観られるでしょう。

ほかにも、序盤で登場したトリケラトプスのキャラに注目してもいいかもしれませんね。

ともかく、本作は過酷な自然の中でも冒険を堪能できる良質のアドベンチャー映画であり、子どもにほどよいトラウマを植え付けてくれる素敵な映画です。
こういう怖い描写がある、ちょっとトラウマになる映画って、むしろ子どもにとってもいいと思うのですよ(ゲス顔で)。

人間がなぜホラーや怖い作品を観るのか?といえば、映画でそうした出来事を疑似体験することで、現実でも立ち向かっていけるような勇気が湧く、ということもあると思うんです。
この映画を観たお子さんも、怖い出来事が起こりまくる『アーロと少年』を観終われば、ちょっぴり強くなっていると思いますよ。

また、公式サイトでは、「エピソード0」の絵本が載っています。
↓以下から読めるので、映画の後でも、前でも読んでおくといいでしょう(個人的には鑑賞後がおすすめです)
<pdfで開くので注意>

それなりに3Dを意識した画はあるものの、3D演出が重要になる作品ではないので、今回は2Dでも十分かもしれませんね。

ちなみに、同時上映の短編映画は『ボクのスーパーチーム』というタイトルで、これがまあ独創的な作品に仕上がっています。
これは予備知識なく観て、「いったいどういうことなの……」と困惑してほしいですね(ゲス顔で)。
そんなわけで大人にもオススメです!

以下は結末を含めてネタバレです。鑑賞後にご覧ください↓

サンジャイ(ボク)のスーパーチーム

これは息子とその父の話なんだけど、途中からサイバーな空間で謎のバトルが勃発して驚いた方も多いでしょうね。
じつはこれは、この短編アニメの監督を務めたサンジャイ・パテル氏の幼少期の思い出を、「ほとんど本当にあった」形で描いたものなのです。(だから最後に、サンジャイ氏とその父の写真が出てくる)

サンジャイはコミックやアニメが大好きなオタク少年だけど、それは敬虔なヒンドゥー教徒の父親の価値観とは正反対だったそうです。
また、毎回の瞑想のときは、サンジャイは大好きなアニメを中断しなければいけません。

そこでサンジャイは、瞑想している間、広い寺院でヒンドゥー教の3人の神「ヴィシュヌ、ドゥルガー、ハヌマーン」が悪魔と闘っているところを妄想していた……って要は瞑想するのが退屈でつまらないから、その間は妄想をして暇つぶしをしていたっていう話じゃねーか

しかし、息子と父がしっかりと仲のよい関係を保ったまま物語は終わっています。
ある意味、息子は妄想をすることで父子の対立を避けた、最良の選択をしたとも言えますね。

これは、多くのヒンドゥー教の子どもたちの声を代弁しているんだろうなあ。
ヒンドゥー教に限らず、子どもにとってお経や法事などは退屈だもんね。
極めて個人的な話なのに、多くの人の共感を呼ぶ内容になっているのがおもしろいです。

※以下の記事を参考にしました。
「セラピーのような」新作映画、ピクサーの『サンジャイのスーパーチーム』 « WIRED.jp

以下は本編の感想↓
野暮な不満点から書いています。

野暮な不満点

アーロのきょうだいたちが、ほとんど物語に絡まなかったのは残念ですね。
このふたりは「アーロにくらべて要領がいい」という、アーロの比較をするだけで出番がほぼ終了してしまっています。
きょうだいがアーロを見直す描写がほしかったなあ。
もっとも、これはアーロがスポットと出会い、強くなる物語です。
「兄弟愛」というテーマまで盛り込むと散漫になってしまうので、これでよかったのかもしれません。

また、スポットという名前をつける場面も、なんとなくアーロが候補を言っていき、たまたまスポットが気に入ったのが選ばれた、といった感じになっていたのが残念。そこはちゃんと名前の由来を言ってほしかったですね。

父のかたきが友だちに

少年・スポットがいたせいでアーロの父が死んだ、ということが物語の発端となっていることに驚きました。
しかもアーロは「お前がいたから父さんが死んだんだ!」とスポットを責め、その後もスポットをおいかけたせいで家族とはぐれてしまうことになります。

アーロは「ぼくは怒っている!ひねりつぶしてやる!」などと言うんだけど、けっきょく臆病なので攻撃ができません。
後で、岩に挟まったアーロがスポットに助けられたことを知って、木の実をもらったら「怒っているけど、つぎも持ってきて!」と頼んじゃう。

よくも悪くも(とってもいいけどね)、アーロは誰かを憎むことなんてできない性格なんでしょうね。
だからでこそアーロは、同じくひとりぼっちのスポットに共感し、いっしょに旅をする友だちにすることができました。

アーロの父が死んだことは、誰のせいでもありませんしね。恨んだって、しょうがないです。

いっぱい友だちがいれば安心?

途中で出てきたトリケラトプスは、友だちをたくさん身につけていましたが、その名前は「ドウセムリダ」などの適当かつ、愛がないものでした。
で、その内の鳥1匹が飛んで行っただけでも、トリケラトプスは慌てて追いかけていっちゃいます。

トリケラトプスは「うすっぺらい友だちをたくさん作っちゃう」タイプなんでしょうね。
だから名前のつけかたがいいかげん、すぐに鳥もどこかへ飛んで行っちゃう。

うすっぺらい友だちが多いよりも、強固な関係の友だちがひとりいるアーロとスポットのほうが、よっぽどいいのかもしれませんね。

ラリパッパ

アーロとスポットがヤバい木の実を食べてラリラリになる展開は爆笑しました。

・スポットとアーロが「ウヘヘヘ」と笑い始める
・スポットの顔が巨大化する!
・アーロの顔には目玉がいくつも出現!
・顔(だけ)から足の生えたスポットを、人間の足が生えたアーロが「アハハハハ☆アハハハハ☆」と笑いながら追いかける。

これ、スタッフがヤバいクスリをキメたことがあっただろ!なんでこんなシーンいれたんだよ!(個人的には大好きだけど)
劇場で爆笑していたのは自分だけだった。子どもはドン引きだろうな。

※以下のまっとうな意見をいただきました。昔は発酵した果物での「果実酒」を飲んでいたんですよね。でも酒であんな幻覚を見るかなあ(笑)。

腐りかけのフルーツ=果実酒で酔っちゃった、ということですよね?(動物ドキュメンタリーで見たことあります)
誰もがあるアルコール初体験とかわいらしく解釈しませんか。
クスリをキメた、まで深読みするとホントにやばい映画になっちゃいます(^^;)

捕食

プテロダクティルスが、アーロに「よう相棒!」とフランクに話しかけ、嵐で散り散りになった仲間を探しているかと思いきや……その目的は嵐で生き残った動物たちを捕食することだった!
仲間だと思っていた恐竜が、突如として動物を食いちぎるのは冗談抜きで怖いよ!

※ほかにもこんな展開があるので『マッドマックス 怒りのデス・ロード』と大差がないレベル

そういや主役ふたりが仲良くなるきっかけにラリラリになるブツ(ドラッグorヤバい木の実)があるのは『ウルフ・オブ・ウォールストリート』っぽいな。ピクサー作品なのにR18+映画と同じことしているとはどういうことだ(笑)。

なぜT-REXたちはアーロを食べないの?

プテロダクティルスたちがアーロを食べようとする一方で、食物連鎖の頂点にいるようなT-REXたちは、アーロを助けてくれます(人間のスポットにも「まあかわいい」と言って、食べようとはしません)。

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なぜ彼らがアーロたちを食べないのかといえば、「牛だけを食べる」というルールを課していたからなのではないでしょうか。
肉食のT-REXたちは牛を「家畜」として囲っていた(放牧?していた)ようで、それは草食のアーロたちが畑を耕していたこととは対象的です。

絶滅しなかった恐竜たちは、進化して賢くなり、独自のルールを設けて、それぞれの居住区で生活するようになっていたんでしょうね。
同じ恐竜どうし、生活を脅かさないようにしようと。

ともすれば、プテロダクティルスたちの行為は、まるでヴァイキングのような略奪なのです
強く、自らにルールを課していたT-REXたちがそれを許さず、同じ種の延長線上にいる仲間(恐竜)を助けるのは、当然でしょう。

人間の歴史も同じようなものです。
ルールは強い力を持つ者が作り、周りの者はそれに迎合したり、またはほかの場所でルールを作ったりします。

この映画は、人間の歴史を「再現」しているとも言えるではないでしょうか。

※納得の意見。T-REXたちは荒野で牛の群れを連れているので、カウボーイっぽいですね。

恐怖を越えろ

T-REXたちが、「傷で感覚のなくなったつま先」「しっぽにささった歯」そして「ワニたちを血で溺れ死させた(ホントかな?」などの武勇伝および、自分に残った傷を自慢し合うシーンが大好きでした。


※吹き替えを務めている松重豊さんの表現も最高ですね

※以下の意見をいただきました。
夜にみんなで傷自慢する流れはどうみても元ネタは『ジョーズ』ですね。本作も『ジョーズ』もみんなが打ち解け合うシーンとともに自然の恐怖を主人公に教えてくれます。

同じくアーロもこれまですりむいたり転んだりのケガをしてきたのだけど、T-REXは「勲章ね」と褒めてくれます。

これが大自然の中で生き抜くということなんでしょうね。
勝ち残って生き抜いた、その傷はなくならなくていいのだと。

そして、T-REXのブッチはこう教えてくれます。

「怖さを感じないなんてやつは生き残れないぞ。
いいか、坊主。怖さを受け入れろ。自然と同じように、逃げも逆らいもせず、乗り越えていくんだ。自分のことを信じてな」

そしてアーロは父の幻影を見て、もっとも恐怖するはずの濁流(それで父が死んだから)に突っ込んでいく。
それはたったひとりの友だちを助けるためだから。

いままでに感じた痛みも、恐怖をも超えて、ただただ行動したアーロ。
それは確かに、「印」がつけられる成長だったでしょう。

家族

アーロは、棒を立て、その周りに円を描くことで、自分の家族を表現していました。
これと同じように、スポットは棒を立てて円を描くのだけど……棒(自分)の横のふたつは「お墓」のように砂が置かれていました。
(公式サイトの「エピソード0」を読むと、スポットの両親はすでに亡くなっていたことがわかります)

アーロは「(家族を表現していることが)わからないかな」と不安そうでしたが、スポットはちゃんとわかっていました。それどころか、スポットはアーロよりも寂しい思いをしていたのではないでしょうか
アーロにはほかにも家族がいたけど、自分はたったひとり、とわかったのですから。
(この後すぐに、スポットはアーロの横にくっついています)

アーロは、最後に人間の仲間を見つけたスポットのために、何も言わずに円を描いて、「家族」を示してくれました。
彼らの別れは強い抱擁。
言葉を交わさない彼らにとって、それが最良の別れだったんでしょう。

父をも越える

また、「恐竜が絶滅せずに生き残った」という設定なので、人間と恐竜が過酷な生存争いをしてしまうのかと思ったけれど、それぞれが違う場所で生きていくことを選んだ、という結末になっているのもいいですね。
そうすれば、違う人種や種族でどうしで、争い合わなくてもいいのかもしれません。

また、アーロの父はトウモロコシを盗む犯人(スポット)を、明らかに「殺す」ようにと教えていました。
しかしアーロはスポットを逃がし’、その結果として友だちとなり、別々の場所で生きることができた―。
その道を示すことができたアーロは、父が望んだように、父を越えたのかもしれません。

↓日本版エンディングソング

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(C)2016 Disney/Pixar. All Rights Reserved.

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  1. オープンリーチ より:

    先ほど観てきました。ピクサーの新作のわりには某サイトでネガティヴな意見が多くて気になりましたが、その不安を打ち消してくれるいつもの見事なピクサー最新作でした。個人的にはアーロとスポットが木の実を食べてラリるシーンが最高で、そこで初めて二人が友となったのではと感じました。
    あと「恐竜と少年(人間)」というプロットに「刃牙シリーズ」のピクルを連想してしまい、この映画が、後に地下深くの岩塩層で発見された原始人の少年期の話では?と勝手に妄想してしまいました。

  2. ロロ・トマシ より:

    どもども、26歳の映画ファンです。
    恐竜版『ファインディング・ニモ』みたいな感じでした。面白かったですけど、ピクサーにしてはインパクトが弱かったです。
    しかし、背景は実写かと疑うくらいに綺麗でした。言葉の通じない相手に家族を表現するシーンも好きです。
    ・傷自慢大会
    夜にみんなで傷自慢する流れはどうみても元ネタは『ジョーズ』ですね。本作も『ジョーズ』もみんなが打ち解け合うシーンとともに自然の恐怖を主人公に教えてくれます。
    ・あははははは!
    アーロとスポットがトリップするシーンは、ピクサー史上最もヤバいシーンに仕上がっていましたね(笑)
    場内の子供は「ママー、あれなんだったの?」って母親に聞いていました。お母さんはなんて答えるんでしょうか(笑)
    あと食べていたのはキノコではなく、発酵した果実(木の実?)だと思います。
    ・不満点①
    ワンショットに出てくる恐竜たちの数が少ないです。話に絡んできたとしてもせいぜい3、4匹で次の話へ。『ファインディング・ニモ』はマーリンとニモが多種多様な生物と出会って、世界が広いことを知ります。『アーロと少年』にはそれがない。
    もっと様々な恐竜たちが群れをなして生活してるんだぞ!ってシーンを大画面で見られることを期待していたのですが、大量に見られたのは牛でした…。
    ・不満点②
    この作品の終わりの「やるべき事をやり、その証として足型をつける」というのはわかるんです。しかし、行方不明になったアーロが帰ってきて、いきなり足型をつけ出したら、他の家族は何の経緯を知らないのでキョトンです。しかも、仕事の途中で行方不明になっているから、家族としては「なんで足型つけたの?」となるはずです。
    スポットを救ったのはわかってるんですけど、他の家族にとってはあまり関係がないことなので、この終わらせ方はどうなのかなと思いました。

  3. ヒナタカ より:

    オープンリーさん、ロロ・トマシさん、コメントありがとうございます。
    ラリるシーンはキノコじゃなくて木の実でしたね!修正しました。
    おふたりとも気に入られていたとのことなのでうれしいw
    >「恐竜と少年(人間)」というプロットに「刃牙シリーズ」のピクルを連想してしまい、この映画が、後に地下深くの岩塩層で発見された原始人の少年期の話では?
    スポットがあんな体躯になるとは怖いですねw
    > ・傷自慢大会
    > 夜にみんなで傷自慢する流れはどうみても元ネタは『ジョーズ』ですね。本作も『ジョーズ』もみんなが打ち解け合うシーンとともに自然の恐怖を主人公に教えてくれます。
    ジョーズは高校のときに観たのに、言われてもいっさい思い出せない!(我ながらひどいな)追記させてください。
    > ワンショットに出てくる恐竜たちの数が少ないです。話に絡んできたとしてもせいぜい3、4匹で次の話へ。『ファインディング・ニモ』はマーリンとニモが多種多様な生物と出会って、世界が広いことを知ります。『アーロと少年』にはそれがない。
    > もっと様々な恐竜たちが群れをなして生活してるんだぞ!ってシーンを大画面で見られることを期待していたのですが、大量に見られたのは牛でした…。
    言われてみればそうですね・・・蛍のシーンは素敵なんですが。
    > ・不満点②
    > この作品の終わりの「やるべき事をやり、その証として足型をつける」というのはわかるんです。しかし、行方不明になったアーロが帰ってきて、いきなり足型をつけ出したら、他の家族は何の経緯を知らないのでキョトンです。しかも、仕事の途中で行方不明になっているから、家族としては「なんで足型つけたの?」となるはずです。
    最後はアーロが冒険譚を語りながら終わる、というのであればよかったかもしれませんね。

  4. ナノ より:

    腐りかけのフルーツ=果実酒で酔っちゃった、ということですよね?(動物ドキュメンタリーで見たことあります)
    誰もがあるアルコール初体験とかわいらしく解釈しませんか。
    クスリをキメた、まで深読みするとホントにやばい映画になっちゃいます(^^;)

  5. ヒナタカ より:

    > 腐りかけのフルーツ=果実酒で酔っちゃった、ということですよね?(動物ドキュメンタリーで見たことあります)
    > 誰もがあるアルコール初体験とかわいらしく解釈しませんか。
    > クスリをキメた、まで深読みするとホントにやばい映画になっちゃいます(^^;)
    おっしゃるとおりですw
    そういえば昔は発酵した果実酒を飲んでいたんだっけ。でも酔ったからってあんな幻覚は見ないよなあ。

  6. 毒親育ち より:

    本国で不評らしいのですが、
    >いままでのピクサー作品とかぶっている(定石通りのつくりになっている)ところもあるので、新鮮味はあまりないのかもしれません。
    確かに子ども向けアニメでは「陳腐」と言えるほど使い古されたお話ですけども・・・
    >この映画では恐竜のアーロはしゃべれるけど、人間のスポットはしゃべれません。
    動物の方が文明的な生活を営むぬ高等知的生物で、我々人類が野生動物レベル、コレが新鮮でした!
    いつものお話の配役を入れ替えただけで、これだけ新たな発見のあった本作。この試みが「失敗」として記録されてしまうには余りにも惜しいと感じます。
    >~野暮な不満点~
    お兄さんとお姉さんが空気でしたね。お父さんの死で弟を責めたり・・・は嫌なので「オマエの所為じゃない」と諭したり、立て続けの不幸にすっかり老け込んでしまったお母さんを支えながら弟の生存を信じて待つシーンとかあっても良かったような・・・。
    >~父のかたきが友だちに~
    母曰く『ハッピーエンドなゴンギツネ』だそうです。
    >~いっぱい友だちがいれば安心?~
    なぜか『ソーシャルネットワーク』のラストシーンを思い出しました・・・。
    >~ラリパッパ~
    ナノさんの
    >果実酒
    その発想は無かった!ラリパッパなのは自分の感性でした。ごめんなさい。
    よし、これで子どもに聞かれたときに困らないぞ!ありがとうございます!!
    だけど、あの幻覚はどう見ても・・・。私もどう帰ったのか憶えていないくらい泥酔した経験がありますけど、あんな世界は見えなかったよ!?
    >~なぜT-REXたちはアーロを食べないの?~
    本作の恐竜達が知的生命体に進化しているという設定が活きる名演出だと思います!
    農耕や牧畜をするほどの文明レベルに達した者達が共食いなんかするだろうか?私達だってお腹が空いていても、バッタリ出合った白人や黒人を喰い殺したりしませんし、DQNに外国人の子が襲われてたら助けますよね。
    あと、彼らにとって蛇や鰐などの言語を話さない爬虫類は私達にとっての類人猿のような存在なのでしょうか。
    >ともすれば、プテロダクティルスたちの行為は、まるでヴァイキングのような略奪なのです。
    親切な文明人も居ればヒャッハー!な「野蛮人」も居るのがリアルでしたよね。
    >~サンジャイ(ボク)のスーパーチーム~
    実は本編よりもコッチに感動!始まった時は去年個人的ワーストに選んだ金と時間を返せ!と怒りが爆発するだけの幸福の科学映画『レフトビハインド』みたいなもんが始まるかとウンザリしたのですが・・・
    子どもの想像力は無限大!神様だってヒーローにしちゃうぜ!まさかインドに『ビックリマン』的発想を持つお子様がいたとは!
    我が子の創作した「ゴッドレンジャー」を見て「なんとバチ当たりなー!」とかならない、お父さんにも涙!
    エピローグのリアルサイジャイさんとお父さんも微笑ましい!
    これだけの為にディスク買っちゃおうかな・・・。
    と感動した所でふと思ったのは・・・勉強したいつっただけのJCを銃撃する自称神の戦士!なイタいオッサンどもにはコレが解らないのかと悲しみと怒りが込み上げます。
    オープンリーチさん
    >「刃牙シリーズ」のピクル
    なるほど。そりゃアレンくんの蛮行への怒りも当然ですね。
    パンイチスーパー幼児(自分は4~5才くらいと見ています)スポットの身体能力の高さを思うとあながち冗談とも思えない。

  7. いいこま より:

    『リップヴァンウィンクルの花嫁』観ようと持ったのですが公開日的に後に回してもいけるかもと思い『アーロと少年』の方を優先した次第です。
    話は確かに王道なので新鮮味はその意味では薄いかもしれませんがそれでも自分は「王道だけど却ってそれが良かった」って感じです。それに隕石が落ちず恐竜が文明を築き人類が野生の獣みたいってのは新鮮味があるでしょうし(人類がその時代にいるのかという疑問はありましたが野暮かなと思いましたし人類が誕生してる時代に至ったってだけでしょう)。
    >アーロのきょうだいたちが、ほとんど物語に絡まなかったのは残念ですね。
    >>描写がなかっただけかもしれませんが、自分もその点は気になりましたしロロ・トマシさんも仰ってるようにいきなり足形つけても観てるこちらはともかくきょうだいは経緯を知らないから「何のこっちゃ」ってなるのではと思いました。
    >アーロとスポットがヤバい木の実を食べてラリラリになる展開は爆笑しました。
    >>自分が観た時は意外に大人の方が多かったこともあって自分以外にも受けてた方が多かったです。これ制作関係者の誰か経験者でもいるんじゃないのかwww
    幻覚性のある木の実かな、とは自分も思いましたが木になってるのと比べ地面に落ちてるやつがぐちょぐちょに熟れてたので他の方も仰ってるように発酵酒みたいなかんじになってたんでしょうねえ。
    「酔ったとして幻覚を見るのか」については両者ともに未成年ですから効き目が強力に訪れたってことなのかもしれません。
    >カミナリドカン一味
    >>あれは「被災した動物を助けるってドクターヘリみたいだな」って思ってたらいきなり食って3羽で取り合いしたので「嘘っ!?」ってなりました。子供が観たら相当衝撃強そう…。
    >『ボクのスーパーヒーロー』
    >>3人の神が邪神と闘い窮地に陥るも…というプロットがまたどういうわけか自分のアンテナに引っ掛かったようで物凄く惹かれました。
    まあ実際瞑想がつまんないから妄想してやり過ごしちゃえって話ですけど最後の良い感じの終わり方で「よかったなあ…」って思いました。
    あとはブッチの「怖さを感じなきゃ生き残れないし受け容れ乗り越えろ」って旨の教えが好きでした。

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ヒナタカ

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