『アメリカン・スナイパー』蝕まれる心(ネタバレなし感想+ネタバレレビュー)

『アメリカン・スナイパー』蝕まれる心(ネタバレなし感想+ネタバレレビュー)

今日の映画感想はアメリカン・スナイパーです。

個人的お気に入り度:8/10

一言感想:それぞれが「考える」戦争映画

あらすじ

カウボーイ気取りの青年クリス・カイル(ブラッドリー・クーパー)は、ネイビー・シールズに応募する。
厳しい訓練が続く中、クリスはバーで美女のタヤ(シエナ・ミラー)と出会う。
2001年、9・11テロが起こった年にクリスとタヤは結婚し、クリスの1回目の派遣が決まる。クリスは、つぎつぎとと兵士を射殺し、最強の狙撃手と呼ばれるようになる。

※今回はコメント欄で「ロロ・トマシ」さん、「シオンソルト」さん、「毒親育ちさん」が素晴らしい意見を出しているので、そちらもぜひお読みください!

クリント・イーストウッド監督最新作にして、実在の狙撃手・クリス・カイルの自伝『ネイビー・シールズ最強の狙撃手』を原作とした映画です。

本国では戦争映画史上最高の興行収入額を記録するほどの大ヒット、日本でも抜きんでた初動記録を打ち立てた本作ですが、その評価は賛否両論であり、数多くの論争が巻き起こっています。
それはたとえば、「イラク戦争を賛美している」「160人も殺した男を英雄視している」「スナイパーは臆病ものだ(by マイケル・ムーア)」などなど……(マイケル・ムーアは幼少時からスナイパーが卑怯な人種であると教えこまれていたそうです)

しかし、実際の映画はそういう左翼だとか右翼だとか、アメリカ万歳などといった傾倒した描きかたをしていないと思います。

その思った理由のひとつが、本作が戦争で傷ついていく、狂っていく人間の姿を丹念に描いていることです。
主人公は「最強」と呼ばれる狙撃手で、「国を守るために戦う」とも宣言しており、一見してアメリカ万歳な屈強な男に見えます。
しかし、彼の心は戦場で次第に蝕まれ、その「変化」は日常に現れていくのです。

イーストウッド監督作品の特徴

じつはいままでのイーストウッド作品でも、戦争により傷ついていく人間の姿が描かれています。

『父親たちの星条旗』はその最たるものでしょう。

この作品では「戦争に英雄はいない」ということばを何度も耳にします。
3人の米兵の戦争の後日談が綴られていくという作風となっており、普通の人間がボロボロになっていく姿がしっかりと描かれているのです。

『父親~』と「対」になっている作品『硫黄島の手紙』では、同じ戦争を敵側の視点で、違った作風で描ききりました。

この作品では、地獄のような苦しみを経験した日本兵(米兵にとっては敵)の姿がこれでもかと描かれていました。

さらに、『グラン・トリノ』では、クリント・イーストウッド自身が、朝鮮戦争で大量に兵士を殺した経験を持つ老人役で出演しています。

この作品では、「殺人」というものの重みを丹念に描き出しています。

これらの作品を顧みると、イーストウッド監督の訴えは一貫しているように思います。
それは前述のような戦争賛美ではなく、「戦争はだめだ!」という戦争批判でもありません(本作には戦争批判もあるのですが)。
戦争のために、これほどに人は苦悩する……そのようなメッセージを感じるのです。

さらに言えば、イーストウッド監督は『ミリオンダラー・ベイビー』や『ミスティック・リバー』や『チェンジリング』で、残酷な運命に翻弄される人間の姿を描いています。
あくまで描いているのは、出来事の良し悪しではなく、人間そのものなのです。

そのイーストウッド監督の作品の作りかたは『アメリカン・スナイパー』でも変わりません。
観客に求められているのは、単純な戦争の是非そのものよりも、残酷な運命に翻弄される人間のはかなさや、人間の複雑な感情を読み取ることだと思うのです。

戦争映画が苦手な人も、ぜひ

個人的に、本作は戦争映画が苦手な人にもおすすめできる作品であると思いました。
その理由のひとつが、戦争から戻ってきたときの「日常」を大切に描いていることです。
ふつうに考えれば、主人公は戦争で数多のも人を殺し、自ら進んで戦地に向かうという、「理解できない」男です。
そんな彼が日常では、欠点も含めた等身大の「父親」として描かれるのです。
戦争に縁がない人にとっても、「人殺し」である主人公のことを好きになれるのではないでしょうか。

人殺しを好きになるなんてとんでもないことなのかもしれませんが、これこそこの映画のおもしろいところです。
戦争では人殺し、家庭では気のいいパパ。
ひとりの人間についてそんなアンビバレントな印象を持てるということは貴重です。

このおかげで、戦争映画にありがちな暗すぎて気が滅入るような作風にもなっていません。
何日も引きずってしまうような重さを感じることはないでしょう。

また、本作で主人公は周りから「アメリカの英雄」として賞賛されているように見えますが、本当にそれだけでしょうか。
仲間たちは彼のことを「伝説」と呼んでいますが、どこか蔑称のような呼びかたにも聞こえなかったでしょうか。
『父親たちの星条旗』でもそうでしたが、「英雄」と呼ばれる者を、そのまま「英雄」として描いていません。
くり返しになりますが、描いているのは記号的なものではなく、等身大の人間なのです。

主人公を演じたブラッドリー・クーパーは、その心の変化をわずかな表情の違いで完璧に表現しきっていました。
とても『ハングオーバー!』のチャラ男と同一人物だとは思えません。

銃殺シーンが直接的に描かれているため、R15+指定になったのも当然ではありますが、ぜひ若い人にも観てほしい作品です。
各所で話題になっているエンドロールの演出も含めて、じっくりと鑑賞することをおすすめします。

↓以下、結末も含めてネタバレです。観賞後にご覧ください。

野暮な不満点

個人的に気になったのは、冒頭の場での狙撃シーンから始まり、そこから時間軸をさかのぼってクリスの子ども時代になり、そしてもとの時間軸に戻ってきたときのシーンです。
こうした時間軸の描きかたをするとき、「内容は同じだが、視点や見せかたが異なる」のはよくある構成ですが、なぜか本作ではまるっきり同じシーンを流しています(台詞やアングルも同じ)。単なるコピペです。
そこはアルカイダの女性の視点から描くなどをしてもよかったのでは?と少し疑問に思いました。

小ネタ

※以下の意見をいただきました。
作中で「姿を現さない相手・敵」のことを「カイザー・ソゼ」と言っていました。これは映画『ユージュアル・サスペクツ』に出てくる謎の人物「カイザー・ソゼ」から来ている表現です。

過酷な戦場

カイルたちは傭兵を率いる大物ザルカウィを狙います。
カイルたちは食事に招かれますが、ひとりの男の「ひじのアザ(=狙撃のためにひじを地面につけている)」に気づき、武器を隠し持っていることを暴きます。

オリンピック先取でもある狙撃手・ムスタファにカイルたちは狙われ、仲間に犠牲者を出しました。
用心棒のアミールは「ドリル」が好きな男で、子どもと「村長」をも無残に殺しました。
「神はいるか」「信じる心を無くした」と訴えていた仲間のマークは、あっさりと奇襲により殺されます。
気のいい青年ビグルスは「彼女にダイヤを贈る」と言った後に、狙撃されて半身不随かつ盲目になったうえ、恋人とその後の人生を過ごすこともなく死にました。

映画の初め、カイルは若い女性と子どもを狙撃して殺し、「初めてがこんなことになるとは」と告白していました。
後に子どもがバズーカを拾い上げようとするときには「頼むから、拾わないでくれ」と願います。

この前にも何十人も殺したはずのに、なぜカイルが拾わないでくれと心の底から願ったのか……
それは彼が大切な「日常」を過ごしていたためでもあるのでしょう。

日常

カイルは派遣から帰り、無事に息子も生まれて平穏な日常を過ごしているようでしたが……
血圧計は異常値を示し、
「ドリル」の音には過剰に反応し、
自分の娘が泣いているのにかまってもらえないときには憤り、
犬が子どもに吠えているのを見ると犬を殴ろうとまでします。

カイルは明らかにPTSDの症状を見せていました。

タヤは、カイルを見てこう言います。

「戦争で影響を受けない人はいない。いつか心を蝕む」

これこそ、映画が訴えているテーマそのものなのでしょう。

戦争批判

単純に戦争を批判している映画ではないとは書きましたが、はっきりと戦争批判と言えるシーンも存在します。

戦友・マークの葬儀で読まれた手紙では、「なぜ英雄たるために戦地に赴かなければならないか」と書かれていました。

戦場に出向いたカイルの弟は別人のように憔悴しきっており、カイルのことを誇りであると賞賛するものの、「こんなところはクソだ」と批判もします。

これは「英雄」と呼ばれるカイルにとって、その価値観を否定するようなことばであったでしょう。

帰りたい、でも帰れない

ムスタファを狙撃する前、カイルはタヤに「もう帰るよ」と電話をします。
それは心からの願い……だったはずなのですが、その後にカイルはすぐに帰らずに、バーからタヤに再度電話をしています。「時間がいる」と……

※こちらの動画でもそのシーンが観られます。

なぜカイルがすぐに帰れなかったのかー
それは「自分には帰る資格があるのか」という訴えによるものであると思えました。

カイルは狙撃に成功はしましたが、増援を待たずにムスタファを射殺してしまったために、大勢の敵の侵入を許してしまっていました。
これは仲間を大切にしていたカイルにとって、最善の作戦ではなかったはずです。
(映画のはじめに、女性と子どもを射殺して「的確な判断だ」と賞賛されたことと対になっている事実です)。

また、これまであれほど多くの人間を殺してきたカイルでしたが、敵にも家族がいたことを想像したのではないでしょうか。
(バズーカ―を撃とうとした男にも子どもがいて、自分はあわやその子ども撃つところだった)。

そうした自分を恥じ、カイルは「まだ帰れない」と思ったのではないでしょうか。

なぜ戦場へ?

カイルは医者に向かって「(経験しなければいいと思ったことは)ありません。なぜ彼らを殺したのか、神にも説明できます。私が悔やむのは救えなかった仲間のことだけです」と告げました。
カイルは確かに国のため、仲間を救うために、敵を殺し続けたー
悔やむのはマークやビグルスを救えなかったことだー
その心情も確かにあったのでしょう。

しかし、カイルは中盤で若い帰還兵に「私が生きているのはあなたのおかげです」と教えられたとき、きょとんとしていて、自分が彼を救ったという自覚はなさそうでした。
医者にはたいそうに「神にも説明できます」と言ったカイルですが、彼が戦場に赴いたのは「国のため」「仲間のため」だけではないようにも思えるのです。
事実、カイルは射撃を教えている車いすの男に「もう一度聞く、なぜあなたは家族のもとに帰らずにここにいるんだ?」と問われても答えられていませんでした。

さらに、カイルは何も映っていないはずのテレビを観たときも、銃の音を聞いていたようでした。

これらから察するに、カイルは『ハートロッカー』で描かれたような「戦争中毒」になっていたのだと思います。

序盤に狙撃訓練では、カイルは「生きているものは得意です」と言いながら見事にヘビを殺していました(少し楽しそうでもありました)。

そもそも結婚もして子どもがいるのに、死ぬかもしれない戦地に赴くこと自体常軌を逸しているともいえます。
その理由は、カイルが戦争で傷つけられているのも関わらず、戦争に魅入られていたからなのではないでしょうか。

羊と狼と番犬

カイルは「Sir」と呼んでいた父に、こう教えられていました。

「世の中には、羊、狼、番犬(Sheep Dog)の3種類がいる。
弱者である羊を狩る狼。
圧倒的な群れを作る羊を抑えつける番犬。
羊を育てる気はない。お前らは番犬になれ」

番犬として育てられたカイルは、戦争の中で番犬たるべき、組織の中で圧倒的な力を持つべきであると考えていたのでしょう。
しかし、カイルは犬=「番犬」を殴り殺そうともしていましたし、最後には周りの作戦など気にせずに「一匹狼」のような独断でムスタファを殺してしまいます。
カイルは、自身が望む番犬に成りきれなかったところもあるのでしょう。

なぜ彼が殺されたのか

映画の最後に、カイルは「帰還兵に銃殺された」とテロップで知らされることになります。
いったいなぜ、と問われそうなところですが、帰還兵もまたPTSDを患っていたためであり、その正確な理由は不明。現在も裁判中とのことです。
参考↓
<『アメリカン・スナイパー』射殺事件の真相は | アメリカ | 最新記事 | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト>

カイルはその前に、医者に「ここ(病院)にも助けを求めている兵士がいる」と諭され、兵士が語る話を聞いていました。
(映画では描かれていませんでしたが、カイルはPTSDに悩む帰還兵のためのNPO団体を設立していました)

戦争によるPTSDに悩み、PTSDを抱えた帰還兵のことを考えていた彼が、戦争で心を蝕まれた者に命を奪われるというのは、あまりに皮肉的です。
この前に、カイルは息子に「ゲームをやろうよ!」とお願いされて「パパはまだレベル4なんだぞ!」と答えたり、娘の「クマのまね」に応えたり、あたりまえの日常を過ごしていました。
戦争による心の傷がなければ、こうはならなかったはずなのに……

無音

実際のカイルの葬儀の映像が流れた後、エンドロールは「無音」の状態になりました。
これは、カイルが観ていた「何も映っていないテレビ」を暗示しているようにも思えますし、カイルという英雄にささげる黙祷moment silence)にも思えます。

戦争に心を蝕まれる悲劇を体験した人にとっては、ここで銃声が聞こえるのかも…
カイルを英雄だと思っている人には、ここでカイルをたたえるトランペットの音色が聞こえ続けるのかも。
戦争とは関係なく、カイルをひとりの人間をして観た人は、ここで静かに黙祷をささげるのかもしれません。

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  1. 毒親育ち より:

    「ハートロッカー」「ゼロ・ダークサーティ」に続く近年のノンフィクション戦争映画の傑作です!劇場もこの間の「天才スピヴェット」をブッチギる大入りでした!
    >(マイケル・ムーアは幼少時からスナイパーが卑怯な人種であると教えこまれていたそうです)
    軍隊は人殺しや強姦を楽しみたい人がなる職業です!なんて真顔で小学生の前で言う先生が存在するなんて、都市伝説としか思えない学生生活を送ってきました。仰げば尊し我が師の恩・・・。
    >クリント・イーストウッド
    この御方にはぜひ、松本零士先生の「ザ・コックピット」シリーズの実写化とか手がけて欲しいです。
    >人殺しを好きになるなんてとんでもないことなのかもしれませんが、
    映画の中のクリスさんは隣に住んでいても安心出来そうに感じました。でも、現実は映画の観客の視点では隣人を観る事は出来ないのですよね。
    >彼らを殺したのか、神にも説明できます。
    これはムスタファ達も同じ事を考えているのでしょうね。神様は納得してくれるか、気になります・・・。
    >~羊と狼と番犬~
    不謹慎ながら最初にポスターを観た時には「あれ?もうキャプテンアメリカの三作目公開するの!?」とカンチガイしてしまいましたが、クリスさんがシールズを志願した動機がキャップと被るように見えて、キャップを崇拝対象とまで思っている私には、勝手ながら悲しくなりました・・・。
    (「キャプテン・アメリカ」は原作でも、第二次大戦時の記憶や、今現在ヒーローとして活動含めてけっこう苦悩している所が描かれているのですけど)
    >~無音~
    クリスさんの遺体を乗せた霊柩車を見送る為に沿道に集まった人達の中には、イスラム教徒っぽい人も居たように見えました。
    余談ですがこのシーン、ちょっと前に観た「ジャッジ~裁かれる判事~」のラストを思い出しました。ネタバレになるので詳しく書けませんが・・・。
    シオンソルトさんの感想と考察を聞いて追記。
    アラビア後のセリフに字幕が付かない所がありましたね。町に流れる放送内容や米軍への野次含め、全て邦訳して欲しかったです。
    あと、中東の人達のご不満は仕方ないので、
    >『父親~』と「対」になっている作品『硫黄島の手紙』
    のようにクリスさんのライバル的存在だったムスタファを主人公にした作品を撮っては如何でしょう。

  2. 中東情勢に関心があり、アラビア語を若干かじっていることから、あちら側の反応を見ているのですが、相当に不評のようです。
    で、これは飽く迄も個人的な印象なのですが、その不評の物言いが『ハート・ロッカー』の時よりも酷いように感じています。(罵詈雑言が酷い…)
    何故に、どこがそこまで気に入らないものなのか。残念ながらその辺りに言及しているコメントが見付からないのですが、率直な自分の感想としても実は似た感じだったので、恐らく彼らも似たようなものなのかもしれないという勝手な解釈で述べさせて頂くと…。
    まず、『ハート・ロッカー』は爆弾除去(補助的防衛)の、本作『アメリカン・スナイパー』は狙撃兵(補助的攻撃)の話であり、この両者を同等に評価することはナンセンスでしょう。原則として前者が人を殺傷することは無い訳ですから。
    ただ、それを考慮しても尚、主人公が“相手”に対して構えている心理は大きく違います。
    『ハート・ロッカー』には爆弾工場で“地雷”となった少年の死体が発見されるシーンがあります。くだんの作品の主人公ジェームズは、一度は工場の一斉爆破による除去を考えますが、考え直し、危険を顧みずに死体を開いて爆弾を取り出し、死体を弔おうとします。
    『アメリカン・スナイパー』の主人公クリスには、そうした思考や躊躇といったものが感じられない。無論、それらはスナイパーにとっては余計なものだという考え方もあるでしょうから必ずしも批判はできない。
    とはいえ、中東の人間にしてみればこの両者には明かな差として目に映ることも想像に難くありません。
    加えて、『アメリカン・スナイパー』の台詞はかなり下品なんですね。これが更にあちらの人間を逆撫でしているであろうとは思いました。
    同じく戦場帰還によるPTSDを扱った作品に、邦画ですが『毎日かあさん』(2011年、小林聖太郎監督)があります。
    私がこれを高く評価している理由のひとつとして、カモシダ(鴨志田穣)のどうしようもないダメ親父っぷりを辛辣に批判的に描き、しかしその彼の心理的な事情として戦場で受けたトラウマを鋭く描き、かといってそれを以て弁護しようというものでも無い、という点があります。
    鴨志田自身、生前はいわゆる戦況的な撮影はほとんど行わず、専ら一般市民を捉えた写真ばかりを撮っており、それ故に戦場カメラマンとしてはほとんど評価されませんでした。
    そんな鴨志田にしても、ミャンマーで仏門に入りながらあんなこんなの“破戒僧”ですから、現地でもどう評価されているのかは何とも言えません。
    しかしそれにも増して中東の人間は『アメリカン・スナイパー』にハラーム(破戒)の限りを見たかもしれません。

  3. ロロ・トマシ より:

    どうも、25歳の映画ファンです。先日、観てきました。
    クリント・イーストウッド監督なので安心して観れました。文句なしの出来です。戦争という狂気の世界を見事に描いています。ブラッドリー・クーパーも素晴らしい役者ですね。2人とも大好きだー。
    ・「反戦もの」と「戦争もの」
    私は「反戦もの」が嫌いです。確かに反戦の気持ちは大切ですし、私は戦争に絶対反対です。しかし映画などの作品において、作り手側が観る側に「反戦」を提示することは間違っていると考えています。反戦という気持ちは提示されて湧いてくるものでしょうか?観る側が皆同じ気持ちになるのは良いことなのでしょうか?それに「あの戦争は間違いだったんだ」と否定することは、その時代に真剣に生きた人達を否定することになります。後出しで以前の時代を否定するなんて、たいへん愚かで卑怯です。
    この映画は「戦争もの」です。戦争をそのまま描いています。それによって観る側が「彼は英雄だ!」とも「戦争を美化している!」とも自由に感じて良いのです。この映画を機に戦争そのものを皆で考え、賛否両論で論争が起きているのは良いことではないでしょうか。
    ・「日常」と「非日常」
    私達にとって戦地は「非日常」です。兵士にとっても戦地は最初は「非日常」です。しかし、回数が増えていくことによって「日常」になっていきます。彼らが母国へ帰って家族と過ごす時間は果たして「日常」なのでしょうか。作中では徐々に戦場が「日常」、家族との生活が「非日常」に変わっていく気がしました。
    カイルがすぐに家に帰れなかったのも「日常」と「非日常」の切り替えができなくなっているからではないのかと感じました。(すぐに家に帰れない現象はベトナム戦争を扱った映画『ディア・ハンター』でも描かれています)
    ・アラビア語の字幕について
    毒親育ちさんとシオンソルトさんの会話に少し参加させて頂きます。
    アラビア語の字幕は必要なところ以外は無くて良かったと思います。わからない方が恐怖を抱くからです。
    映画『アイアンマン』で主人公のトニーがアフガニスタンのゲリラに拉致されるシーンがあります。字幕版ではゲリラ達の会話に字幕が付かず、彼らの言葉がわからなくて恐怖するトニーに感情移入してしまいました。しかし、吹き替え版ではゲリラ達は日本語で会話し「観客はゲリラの会話が理解でき、トニーは置いてけぼり」というズレた演出になっていました。
    やはり相手の言葉がわからない状況の方が混乱を生み出し、戦争という恐怖を追体験できるのではないでしょうか。
    ・カイザー・ソゼ
    作中で「姿を現さない相手・敵」のことを「カイザー・ソゼ」と言っていました。これは映画『ユージュアル・サスペクツ』に出てくる謎の人物「カイザー・ソゼ」から来ている表現です。
    「へー、こんな代名詞になっているのか」と感心してしまいました。
    ・カイルの死
    彼の亡くなり方は「イラク戦争そのもの」を表現したような感じですね…。どのように亡くなられたのかは、作品を観るまで知らなかったので衝撃でした。
    ・無音のエンドロール
    これは黙祷の意を込めているのでしょうか。最初は無音なので会場がざわざわしていました。しかし、しばらくすると静かになり本当に無音状態になりました。広い映画館ならではの体験です。
    ・予告編
    映画のワンシーンを切り取った予告編がものすごく印象的でした。一瞬で戦場に連れて行かれたような感覚に陥りました。

  4. ロロ・トマシさんがアラビア語のことに少し触れてらしたので。
    じつは本作の、現地人と、米軍側の通訳の使うアラビア語は、それぞれ別物になっています。
    ご存じのようにアラビア語はひじょうに広い範囲で使われる言語であるため、方言差が激しいです。通常、非アラビア語圏の人(もちろん日本人も含みます)がアラビア語を学ぶとき、「フスハー」と呼ばれる正則語を学ぶことになります。
    フスハーは端的に言えば「共通語」なのですが、実際には文語体のアラビア語で、演説やニュース等では使われるものの、口語としては一般的ではありません。
    米軍通訳はこのフスハーを用いて現地の人と話しています。
    対する現地人は「アンミーヤ」と呼ばれる話し言葉を使っています。イラク方言は比較的フスハーに近い単語や文法ではありますが、それでも、より砕けた表現になります。
    「フスハー≒NHKのアナウンサーが使う言葉」「イラク方言のアンミーヤ≒東京周辺の人が日頃使う話し言葉」と捉えて頂けるとイメージしやすいかと思います。
    恐らく(映画では無く)実際の米軍通訳もフスハーを使っているのだろうと思われます。
    昨今は、例えば日本のアニメがあちらで放映される場合、アラビア語圏のどこでも放映できるようにフスハーで吹き替えされることが多いため、子ども達や若い世代には割と馴染んでいる向きもあるようですが(子どもにインタビューマイクを向けるとフスハーに近い言葉で話してくることが多いです)、ある程度の年齢以上では話し言葉にフスハーを使うことに違和感を覚えることが普通です。(アラビア語講座などでも大抵の講師はその違和感を抱えたままフスハーを教えています)
    この辺りのギャップを想像していくと、アラビア地域の人が本作から受ける「差」のようなものを窺うことができるのではないかと思います。

  5. 余談ながら、アラビア語学習者にとってフスハーは聴き取りやすいため、(現地の人からすれば違和感アリアリでしょうが)耳に心地良く感じられる人が多いと言われています。私もその一人です。
    先述の通り、演説やニュースで使われるため、例えばアルジャジーラの放送などは耳に気持ち良いです。
    で、演説で使われるということでお気付きの人もいるかもしれませんが、いわゆる武装集団が犯行声明等に使っている言葉もフスハーです。しかもアルジャジーラ等よりもより厳格な文法/発音のフスハーであることが多いです。
    誤解を怖れずに言うと、これはめっっっさ耳に心地良いのです。脳内麻薬、出まくりです。何せ、学んでいる言葉がそのまんま響いてくるのですから。
    昨今、ISISに合流する多国籍の若者が多いというニュースをしばしば耳にしますが、その背景にはそうした部分もあるのではないか、などと思っています。

  6. ロロ・トマシ より:

    どうも、25歳の映画ファンです。
    シオンソルトさんのお話、たいへん興味深く読ませていただきました。
    同じアラビア語でも、公共的に用いられる「フスハー」と、日常的に用いられる「アンミーヤ」があるのですね。知りませんでした。
    確かに公共語の方が覚えやすそうですし、聴き取りやすいのもわかるような気がします。
    アラビア語圏の方の話す内容が100%汲み取られ、通訳されている可能性は低いかもしれないのですね。そのようなズレが余計に状況を混乱させるのかもしれません。
    今回のようにイラク戦争を考えたり、実在した人物に想いを馳せたり、アラビア語に関する知識が増えたりしたことはとても嬉しいことです。
    シオンソルトさん、ありがとうございます。

  7. 毒親育ち より:

    ロロ・トマシさんとシオン・ソルトさんの考察とご意見、改めてヒナタカさんの
    >一言感想:それぞれが「考える」戦争映画
    が胸に刻まれます。訳や演出一つとってもこれだけ考えさせられるとは、イーストウッド監督は凄い映画を撮ってくれたものです。
    自分は最初アラビア語が訳されない個所が多いのに、一応同じ人類なのに相手側が「プレデター」や「仮面ライダークウガ」の「グロンギ族」のように独自に立派な文化や言語を持つ知的生命体だけれども、決して解り合えそうに無い怪物のように見えてしまうのではという不満を感じていました。しかし、ロロ・トマシさんの仰るように、あえてそうする事で戦争の恐怖を演出したり、シオン・ソルトさんの仰るように語学としてアラビア語の複雑な事情が有り、迂闊な訳が誤解を招いてしまう事への配慮だったりと納得しました。
    ※決して「アルカイダ」始めイスラム原理主義過激派の蛮行に賛同する訳ではありませんが。
    余談ですが、クリスさんが車両や軍服にペイントしていたドクロマークですが、マーベルコミックスの悪即斬系ヒーロー「パニッシャー」のトレードマークに酷似しています。
    映画のオリジナル演出なのか、実際のクリスさんも本当にあのマークをペイントしていたなら、どういう意図であのマークを愛用していたのか、気になります。

  8. クールブリーズ より:

    ふと疑問に思ったのは、創作とはいえ「ボーンレガシィ」のワンシーンと似ていることだ。どういうことかと言うと、「工作員引き抜きのため、兵士を一旦死んだことにし、全くの別人として工作活動させる」という点だ。もしかしてクリスカイルはCIAに引き抜かれる際、殺害されたことにされたのではないか?と思ったわけだ。真実は我々の知るところではないのかも知れない。

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著者

ヒナタカ

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