『十二人の死にたい子どもたち』激怒した12の理由を全力解説(映画ネタバレなしレビュー+ネタバレ感想)

『十二人の死にたい子どもたち』激怒した12の理由を全力解説(映画ネタバレなしレビュー+ネタバレ感想)

今日の映画感想は十二人の死にたい子どもたちです。

個人的お気に入り度:2/10

一言感想:堤幸彦監督大復活(悪い意味で)

あらすじ

病院内に落ちていたスニーカーやタバコについて「こういうことだよね」と辻褄合わせをする話。

※この記事では映画『十二人の死にたい子どもたち』をメタメタに酷評しています。この映画が好きな方は不快になられる可能性が高いと思われます。ご了承ください。

『20世紀少年』や『TRICK』シリーズなどでおなじみの堤幸彦監督の最新作であり、その若手豪華キャストが話題となったスリラー映画です。
まず結論から申し上げますと……本作ついてはあまりに許せないポイントが多すぎる、観た後は憎しみに充ち満ちるほどだったので、たっぷりと怒りを吐き出さざるを得ませんでした……。
なんでこの映画にここまでの怒りを感じているのか?それがあまりに根深くて、もう長文にならざるを得ないんだよ!

激怒理由その1:「辻褄合わせ」だけに始終する物語が純粋につまらない

純粋に、本作は映画として、物語としてあまりにつまらないです。
その理由も明確で、話運びが「辻褄合わせ」だけに始終し、それが登場人物の価値観を転換したり、最低限の驚きを与えてくれることもないからです。

序盤から意味ありげなアイテム(病院内に落ちていたスニーカーやタバコやエレベーターを止めていたイスなど)を散りばめて、それは確かに伏線として機能し、「実はこういうことでした」という推論が導き出されます。
なるほど「謎解き」としては矛盾がないように論理的に進むのですが……ほぼそれだけなんです。
意外な犯人像も、思いもつかなかったトリックも、登場人物の印象が変わることもほぼなく、会議で繰り返されるのはダラダラとした「辻褄わせのための推論」を繰り返すだけ……ここに全く面白みがないのです。

本作と同様に「議論をする」映画には『キサラギ』もありました。

「これも辻褄合わせ」をしていく会話劇ではあるのですが、やはり謎が次々に明かされる過程には驚きがありましたし、アイドルに対して愛を捧げるオタクたちの姿に共感できることもあって、存分に面白いと思える内容でした(導き出される真相が「良い話か?」というモヤモヤは残りますが)。

しかし、この映画版『十二人の死にたい子どもたち』はその最低限の驚きもなく、「ああそうですか」という結論が導き出されるのみです。ミステリーとしてどこを面白いと思えばいいんでしょうか。

※以下は観た直後のツイート感想です。

激怒理由その2:原作小説および「十二人もの」の面白さもないがしろにしている

本作は冲方丁による同名小説を原作としています。映画の後に読んでみたのが、こちらは十分に面白いと思える作品でした(Amazonレビューの評価はイマイチですが)。

タイトルからわかる方も多いでしょうが、この原作は法廷サスペンスの名作映画『十二人の怒れる男』、またはそのパロディでもある日本版『12人の優しい日本人』を間違いなく意識しています。


どちらも名作と呼ばれるだけのことがある内容で、ほぼ一室(途中で休憩室に出ることもある)で繰り広げられる会話劇でありながら、1つの事件についての真相がコロコロと変わっていく展開は驚きと興奮の連続でした。クセの強い登場人物の価値観が転換したり、またはずっと意固地になっているという「人間くささ」も大きな魅力になっています。

では、今回の映画版『十二人の死にたい子どもたち』に、これらの『十二人もの』魅力があるか…と問われれば、ほぼ根こそぎ無くなっていると断言します。
その理由は色々あるのですが……中でも大きいのは、議題について決を採る「投票」が最初と最後の2回しか行われなくなっていることでしょう。

いやいや、『十二人の死にたい子どもたち』の原作小説では30分間隔で投票を行なっていたじゃないか!
『十二人の怒れる男』と『12人の優しい日本人』でも、その投票時に彼の人間味や反対派VS肯定派の勢力が変わっていくことが醍醐味でしたでしょうが!

そう、この映画版『十二人の死にたい子どもたち』には、『十二人もの』に必須とも言える「投票」が2回のみになっていて、その結果として登場人物の人間くささも、人間同士のパワーバランスが変化していく魅力も大幅に減っているのです。
その代わりに、ほぼ全編で繰り返されるのは興味をそそられない「辻褄合わせ」ばかり……その結果どういう印象になるかと言えば……ただただつまらない茶番劇を見ているという印象しか持てなくなるのです。

激怒理由その3:原作小説からの面白さがスポイルされすぎている!

この映画の脚本家は何をしているんだ!『十二人もの』の面白さを奪い去ってどうするんだ!とそれだけで憤慨したのですが、ご安心ください。その他のポイントでも原作小説からの面白さを思いっきりスポイルしていただいております。

具体的に書くと原作小説のほうのネタバレになってしまうので控えておきますが、大きな物語の転換点となるポイントのトリックを削除したり、序盤の伏線の意味がなくなっていたりするんですよ。
さらには登場人物が自白するまでの問答も省略されたり、または「タメ」や「葛藤」も無くなっているせいで、そんな「あて推量」だけでポロポロ自白するのかよ!という陳腐さだけが際立っています。

それでいて前述した「投票」部分も省略されているため、結果的に描かれるのは「病院内に落ちていたスニーカーやタバコやエレベーターを止めていたイスなどはこういうことでした」というどうでもいい辻褄合わせばかり、そのために病院内をウロウロとしているパートが長すぎです。見ているあいだじゅう、「これは一体『何待ち』なんだ?」と思わざるを得ません。

原作小説でも確かに病院内に落ちてたアイテムについての辻褄合わせはしっかり描かれているのですが、あくまで犯人の目星を付けるため、話し合いを進めるための副次的な要素くらいのバランスであったのです(重要なのはあくまで自殺を決行するかどうか)。いわば一番省略しても面白さが失われないであろう部分であったのに、そこだけを抽出してどうするんだよ!

ちなみに、脚本家は「原作の良さをあますところなく残したうえで、2時間ほどにまとめるのは至難の業」だったそうで、原作を読み込み、構造を分析・解体し、再構築を繰り返して2年く完成までにかかったのだそうです。
筆者個人の主観で申し訳ないですが、この映画の脚本には原作の良さがあますことなく無くなっていましたけど?

激怒理由その4:みんなで話し合えよ!それ物語の根幹に関わることだろ!

原作からの変更における問題点……いや、はっきり「改悪」と呼べる箇所はまだまだあります。
大きいのは、十二人それぞれが自殺をしようと考えた理由を、概ねで2〜3人が室外に出た状態で話し出すことです。
いやいや……その自殺の理由は原作小説では会議室でみんなが「共有」していたことだったじゃないか……。

確かにこの変更点におかげで展開のメリハリはつくようにはなったと言えるし、別にいいじゃないかと思われるかもしれませんが……この「自殺の理由の告白」を「全員いで共有していること」は物語の結末、オチ部分に深く関わっていることなんです。
一部だけが共有していただけなら、「あの結末」には至らないんじゃないのか?これも原作に対しても不誠実です。

激怒理由その5:どんでん返し部分が最悪の改変をしている!子供をバカにするな!

最大の激怒ポイントを申し上げましょう。それはクライマックス、というかオチの部分です。
これはどう言おうがネタバレになるので↓のネタバレ箇所に追記しますが、とにかく死というセンシティブなものを扱っている作品としては最低の結論であり、これもまた原作からの改悪だと断言できるものでした。

このオチを見て筆者は思いました。作り手は子どもの考えというものをバカにしていると。実際に死にたいとまで絶望したことのある子どもたちに対しても失礼極まりないと。
ただただ白ける、そして怒りを覚えるしかありませんでした。

まだまだ脚本に文句を言いたいことはある。劇中でゴスロリ服の子が声を荒げたときに急に変な方言になっていたシーンがあったんだけど、これ原作になくて、劇中誰も突っ込まないから幻聴かと思ったよ!誰が得する描写なんだ!

あと、病院の外に明らかに「母体と(お腹の中にいる)赤ちゃん」を表現していると思しきオブジェがあるんだけど、それを「見せるだけ」という演出は安易すぎます。ちゃんと考えてください。

激怒理由その6:キャッチコピーが嘘八百じゃないか!

本作のキャッチコピーには「未体験リアルタイム型・密室ゲーム」とあるのですが、スガスガしいまでに嘘八百でしたね。
リアルタイム型じゃない→「とっくに30分経ちましたよ」経ってねーよせいぜい10分だ!
密室ゲーム→思いっきりみんな出入りしとるやんけ!
まあ確かにこの詐欺っぷりは未体験か!

あと予告に「(死にたいから)殺さないで!」という声も聞こえますが、劇中にそんなシーンは一切ありません。事に堂々とした予告詐欺ですね☆

フォローをすると、「自身たちがここから出ないという制約を課している」という意味では密室とも定義できますね。その主張については以下の記事が皮肉なしで素晴らしいので、ぜひ読んでみてほしいです↓
『十二人の死にたい子どもたち』密室劇サスペンス、押さえておきたい「12」のポイント! | シネマズ PLUS

あ、そうそう、何となく予告などの印象で「舞台が一室のみ」と思われている方も多いでしょうが、実際は前述したようにに廃病院内をウロチョロと歩き回っていますからね。しかもその廃病院内をウロチョロで達成されるのは何度も書いたように「辻褄合わせ」だけで何も面白くない…。

激怒理由その7:堤幸彦監督の演出により豪華若手俳優陣の魅力も……

本作には大好きな若手俳優がたくさん出演しているのですが、「書き割り」なセリフで演劇にしか見えず、生きている人間としての実在感がほとんどなくて、時には大根にさえ見えて泣きそうになりました。俺!この人たち!大好きなのに!堤幸彦監督のアホォおお〜〜〜ーーーー!

中でもショックだったのが、『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』で超ウザキャラを好演した萩原利久さん。本作では吃音の少年を演じているのだけど、その「どもり」の演技が今ひとつだったよ……『志乃ちゃん』では吃音の女の子と向き合うキャラだったのに。

※追記:以下の記事で萩原利久さんが真摯に役に向き合っていることを知って申し訳なくなりました…なおのことしっかり演技指導してあげて欲しかったけど……↓
萩原利久「どうしても演じたかったタカヒロ。彼の特徴である吃音の芝居は、誰かを真似することなく、タカヒロならでのパターンを1からつくりあげていきました」 | ダ・ヴィンチニュース

ご存知の方も多いと思うのですが、堤幸彦監督は撮影現場とは別の場所にモニターを用意して、その場で指示を出したり編集をしていたりするんですよね。
そのおかげで「早撮り」でき、プロデューサーからの要求も通りやすく、スケジュール調整や現場を仕切る力にも(おそらく)強いということも、堤幸彦監督が映画界で重宝される理由なのでしょう。

でも出来上がった作品では、大好きな俳優がギャーギャーと喚く演技ばかりをしていたりと、その演技指導そのものに憤慨することも多いんです…。
本作はまだマシな方で、『天空の蜂』とか本当ヒドかったもの……。

そうそう、本作には映像的にもおかしいシーンがあった。
これもネタバレになるので↓に書きますが、単純に「堤幸彦監督は雑な仕事をしてんな」としか思えなかったですよ。

激怒理由その8:タバコを吸うシーンくらいしっかり描けよ!

細かいことと言われそうですが、わりと憤慨したのは未成年者がタバコを吸うシーンから逃げていること。
とあるシーンで喫煙所に行くのですが、「え?吸ったの?」という描写しかなされていないのです。
おそらく、喫煙シーンがあってPG12指定になっちゃうとお客が減っちゃうから、プロデューサーの意向をしっかりと呑んで堤幸彦監督が描かなかったんでしょうね。

このタバコはただのアイテムというだけではなく、その登場人物の人間性を表し、そして謎解きにも関わる重要なものであったのに……。
作品からは情熱も信念も何も見えず、まさに商業で作られているんだろうなと思える内容になっている堤幸彦らしさが、このタバコの扱い1つでもわかります。そんな映画を作ってて楽しいんでしょうかね。

激怒理由その9:売れるための企画と宣伝はめちゃくちゃ上手い…!

悔しいかな、本作は企画そのものがめちゃくちゃ上手く、周到に若いお客さんが呼べるための戦略が立てられていると思います。
まずは豪華若手俳優陣の起用で話題を呼び、橋本環奈の配役を伏せておいて後から発表することでさらに興味をひき、嘘八百なキャッチコピーと予告は『人狼ゲーム』などのサスペンスものが好きな若者の心をバッチリと捉えることができています。

一方で、映画の内容は「豪華若手俳優陣を集められる」ことが第一、それ以外のことはないがしろにしていると断言してもいいくらいの不誠実さを感じる内容になっているんですよ……。
舞台も限定的でお金はあまりかからず、おそらくスケジュール合わせも撮影も難しくなかったでしょうう。
おかげさまで本作は大ヒットしており商業的には大成功、よかったですね(棒読み)。

何より嫌なのは、最近ではあまりヒット作がなく、いよいよ映画ファンだけでなく一般の観客にもその作品の質の悪さが周知されてきたかと思っていた堤幸彦監督が、本作の大ヒットにより復活(もっとたくさんの企画が舞い込んでくる)しそうなこと。
他に志の高い映画監督さんはたくさんいらっしゃるので、そちらに仕事を回して欲しいんだけどなあ…。

激怒理由その10:実写映画版『がっこうぐらし!』を応援しているのに!

本作とは直接関係ない作品の話題に触れて恐縮ですが、個人的に大応援している実写映画版『がっこうぐらし!』が、確実に本作のせいでお客を奪われている、公開2週目(2月7日)で多くの劇場で上映終了になることが悲しくて仕方がありません。

実写映画版『がっこうぐらし!』の本編は原作を大いにリスペクトしている素晴らしい作品であるのに、観る前から原作ファンに予告やポスターの印象でバッシングに晒されているのも不憫で仕方がないよ!
実際に原作ファンから怒られるべきなのは、これまで書いた通り原作小説の魅力をスポイルしまくっている『十二人の死にたい子どもたち』ほうだろうがよ!

良い映画よりも、宣伝が上手いほうがヒットする。そんな悪しき日本映画の歴史を、堤幸彦監督は繰り返してくれました。
全く素晴らしいですねさっさと引退してくれ
『がっこうぐらし!』は本当に良い映画なので、お願いだから観てやってください…評判も概ね好評です…。

また、実写映画版『がっこうぐらし!』に出演されているおのののかさんも、以下のようなツイートをしていました。本当に不憫すぎるよ!

激怒理由その11:評判はイマイチなのにメディアが推しまくりだよね…

『十二人の死にたい子どもたち』は興行収入20億円を超えることも予想されている大ヒットを遂げていますが、実際に観た方からの評判は芳しくありません。coco映画レビューでも53%というやや厳しい数字です。(もちろん肯定しているレビューもあります)

でもメディアでは「公開後すぐに若者たちに熱狂をもたらしているように10年に一本の名作となること間違いなしだ」「SNSで絶賛する意見が相次ぎ、今後さらなる盛り上がりも予感させている」などと書かれているんですよ……。
別にウソをついているわけでもないし、そういう肯定的な意見もあるのも事実であるし、主観を述べる記事としては何も間違っちゃいないんだけど……実際の評判との乖離があるのはやはりモヤっとします。

さらにモヤっとするのは、原作者の冲方丁本人が「脚本が完璧な形で出来上がっていました。読んでみたら『言うことない!』という素晴らしい完成度で…と絶賛していること。本当にそう思っているのならいいのですが……これまで書いてきた通り、第三者の自分が観たところ、映画では原作小説の良さが奪われまくっていたんですけど…。

また、冲方丁は「お願いしますとお話しした数か月後には撮影が終わっていたんですよ(笑)。驚愕でした」と堤幸彦監督の撮影の進行スピードにびっくりしていたそうです。その早撮りも堤幸彦監督らしいというか、作品の質の低下につながってると思いますよ。
とにかく言えるのは、肯定的な意見のみを載せた記事(それ自体が悪いというわけではないですが)だけを鵜呑みにするのは危険ということです。

おまけ:良いところもあるよ!

そんなわけで徹底的に批判をしてしまいましたが、もちろん良いところもあります。

まずは、十二人もいる登場人物の描き分けはしっかり出来ており、ちゃんとどういうキャラかが把握できること。一人一人の死にたい理由も「駆け足」かつ「説明」はできています(それはそれでどうかと思うけど)。
これは豪華若手俳優陣の存在感によるところが大きいですね。

堤幸彦監督にしてはスローモーションの使い方も良かったですね。わりと必然性もあるし、画だけ切り取って考えれば美しいシーンになっていました。

また、どんでん返し部分に憤慨したと前述しましたが、最後の最後のオチはいい感じに着地していました(原作通りだけど)。

それと、「ねーよ」な自殺の理由にツッコミを入れてくれるのも良かったですね。
これは原作から描写を省略したため。観客が当然思う疑問をいい塩梅で代弁してくれました。

そして、若者が名作映画『十二人の怒れる男』および『12人の優しい日本人』を観るきっかけになるかもしれない、ということは素直に喜ばしいですね。

良いところは以上です。

そうそう、余談ですが、原作小説は面白いと前述しましたが、コミカライズ版がものすごく良く出来ています

内容は原作小説に非常に忠実で、『もっけ』などで知られる熊倉隆敏さんの作画は可愛らしい一方で子供たちの狂気を十二分に描ききっていました。
また、そもそもの登場人物が12人という多いということもあって、小説では想像しながら読むのがけっこう難しいところもありました。マンガのほうがスイスイと読むことができるでしょう。
ともかく『十二人の死にたい子どもたち』の物語を楽しむのであれば、このコミカライズ版をおすすめします。

……

さてさて…最後にどう書いてもネタバレが不可避である、前述した「映像的におかしいところ」と「どんでん返し部分の最悪の改変」について書きます



激怒理由その12:【ネタバレ】映像としてもおかしいだろ!そしてオチはふざけんな!

映像としておかしいところ……それはノブオ(北村匠海)が屋上から去った後、すぐに階段から突き落とされること。
その編集だと、「え?それだとみんなノブオが突き落とされたことを見ている(発見できているよね?)」としか思えませんでした。
さらには、ここで「いやいや!待っていないで探しに行けよ!」というツッコミどころも出てしまっているし…。
原作小説およびコミカライズ版ではちゃんと探しに行っています。

さらに、終盤の種明かしのシーンで、大きなベッドをいきなりエレベーターに運んできているという、どう考えても「無理だろ!見つかるだろ!」というツッコミどころも増えていました。「辻褄合わせ」に無理が生じている時点でどうしようもないです。

そしてオチというかどんでん返し部分……十三人目となる死体が「実は生きていました!」になるというのは原作とコミカライズ版と共通です。
この「寝てただけ」というのは「不意」の出来事で登場人物は困惑の限りを尽くしていたのですが……映画では「なんだ寝てただけか〜」という声が上がります。まあ、そこまでは許せます。

で、この死体は実は植物人間であり、メンバーの中にはその妹がいました。
その妹は自分が自転車の二人乗りをした時にマフラーを引っ張って、そのせいで兄が植物人間状態になったと自責の念にかられており、それこそが自殺をしたいと思った(兄も巻き込んで死のうとした)理由になっているんです。
それについて「君のせいじゃない」という声があることも、原作と同様です。

でも……映画では、「話し合いをした結果」および「(植物状態になった)ゼロバンが生きていることを知って」のセリフに続いて、シンジロウ(新田真剣佑)が「みんなも生きたいって思ったはずだ!」と声を荒げるんですよね。(このシンジロウに対して「ずいぶん物分かりがいいのね」というツッコミが入ったけど、本当にそうだよ)

おい、待てよと、そのセリフは「植物人間になっている」のに「生きてるよかった」という考えを押し付けてるようなもんじゃないか!
百歩譲ってこのシンジロウのセリフが話し合いの結果としてのものであったとしても、前述したように十二人それぞれが自殺をしようと考えた理由を概ねで2〜3人が室外に出た状態で話し出している、つまり「お前は全員の事情を知らないよね?」となるので白けるばかり

で…その「過程」が欠如しているせいで陳腐なものしか思えない「みんなも生きたいって思ったはずだ!」というセリフに続いて、やっと「2回目」になる投票(自殺を決行するか否か)が行われるのですが、この時に登場人物が目を合わせたり、ゆっくりと手を上げるだけで、なんの感慨も湧かないんです。
一番重要なはずの「自殺をやめようと全員が思った過程」そのものが欠如している、そして原作にない「みんなも生きたいって思ったはずだ!」という主張が陳腐に思えてしまう…これが原作に対してもっとも不誠実なことであり、実際に死にたいとまで絶望したことのある子どもたちに対しても失礼極まりないと思った理由です。

あ、そうそう、エンドロールで「辻褄合わせ」の過程を時系列で紹介してくれるのには笑いました。
堤幸彦監督は『イニシエーション・ラブ』のラストでも、「2回見る必要がねえな」なおさらい映像を流していたよなあ……まあリピート鑑賞する人が減っただろうし、それは唯一誠実だと思います(投げやり)。


※こっちはトリックも含めてわりと好きな映画です。

(C)2019「十二人の死にたい子どもたち」製作委員会

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